マンホール・ガールの体温

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「そんな状態で歩いていて、よく補導されなかったわね」  そう言われるのももっともだった。ずぶ濡れの女装した中学生など、目立たない方がおかしい。しかし僕には、ある特技があった。  その時、後ろから足音が聞こえた。通行人が、さっきまで僕が歩いていた大通りを歩いている。もうすぐこの路地の入口に差し掛かるだろう。そうなれば、僕らはひどく人目を引いてしまう。  僕は、自分の気配を消した。まるでこの世から、カーテン一枚先の世界へ隠れるように、自分の姿を人目につかなくする。幼いころからぼっちで生き続けてきた僕が身に着けた、秘奥義だった。夜で、しかも雨が降っているとなればさらに効果は上がり、ほとんど真隣を歩いていても人に気づかれない。明るい朝ですら、その気になれば、朝礼で出席をとる先生にすら気づかれずに、点呼をやり過ごすことさえ可能だった。  だが、僕は自分の誤算に気づいた。僕はよくても、この、マンホールから胸まで出した少女――僕とは同い年くらいだけど――はかなり目立つ。そうなれば、巻き込まれる形で僕も見つかってしまうだろう。  身構えていた僕とマンホール少女に、しかしそのサラリーマン風の通行人はまるで気づく素振りもなく、大通りを通り過ぎていった。  僕の耳に、足元の少女が息をつく音が聞こえた。 「あなたも、ステルスができるのね。何人かそのあたりを通り過ぎていったけど、見つかったのはあなただけだったから、驚いた」 「君もなんだ。……ていうか、ステルスって呼んでるんだ。マンホールごと見えなくさせるなんて、すごいな」  僕は、たったひとつの特技で上をいかれたことに、小さくはない敗北感を味わっていた。 「あなたは、女装で雨に濡れるのが趣味なの?」 「……そうだよ」 「その割に、ちっとも楽しそうじゃないのね」  楽しいわけがない。今日は学校で、終礼が終わって帰ろうとしたときに同級生の男子グループにトイレに連れ込まれ、制服を無理やり脱がされた。多種多様ないじめの中でも、この手の嫌がらせがてきめんに僕に効くと分かってからは、彼らはよく僕を裸に剥いた。  彼らは笑いながら「裸で帰れよ」と言って、下着姿の僕を放って帰って行った。僕の通学カバンの中には、放課後に楽しもうと思って入れておいた女装道具があった。
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