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近くの小さな公園のベンチに、僕らは腰を下ろした。
「私いつか、ステルスを磨いて、心電図にも反応させないくらいになりたいの」
「医療機器は強敵だね。僕はこの間血圧を計る機械を使いながら気配を消してみたけど、完全に計られてしまった」
枯れ葉が、ざらついた土の上を滑っていく。人のやってくる様子もない、寂しい公園だ。
「なぜ分かったの?」
「君がマンホールから顔を出したところに居合わせたから、そのときは気づかなかったんだけど。考えてみれば、増水中のマンホールに一度は降りて行っているわけで。あれは下から上がってきたんじゃなくて、降りる途中でたまたま地上に顔を出しただけなんじゃないかって思ったんだ。あんなに君の学校から離れたところに傘を差さずにいるのもおかしいし。もしかしたら、あのまま、入水するつもりだったんじゃないかと」
このところ雨が多いから、この辺ではたいていみんな傘を持って家を出るし、そうでなければまっすぐに家に帰るだろう。傘を差さずに通学路からまるで離れたところにいるのは、その後にもっと濡れてしまうから、雨をよける必要のない人間なのではないか。そんな気がしたのだ。
「そうよ。本当はすぐに、水の中に落ちるはずだった。でもマンホールのハシゴを一段ずつ降りているとき、すごく苦しくなったの。まるで自分の首には縄か何かが結びつけられていて、絞首台から一歩一歩、自分で降りて首を絞めているような。それがたまらなくなって、一度顔を地面から出したの」
「落ち着くって言っていたのに」
「人に見つかったからには、今日はもう死ねないなって思ったの。死ぬ気をなくしたら、ああいう狭くて暗いところって、なんだか気持ちが落ち着くなって」
分かる気はする。
空には、今日も雨雲がかかり始めていた。これから降るのかもしれない。
「早く帰らないといけないね。降りそうだ」
「私は、学校にも家にも、行きたくない」
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