タバコと煙の蔭

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一年だ。 一年もの間、通い詰めて、タバコを買うのだって彼女に声を掛けてもらうためだ。 我ながらよくやっている。 小銭を渡すと彼女は微かにお辞儀して、酒とタバコを小さなビニール袋に詰め、私はそれを受け取って店を出る。 商品を受け取る時に触れる彼女の指先の温もりが店を出てもずっと残る。 あぁ、なんて温かいんだろうか。 私はそのままコンビニ横の電柱の陰に隠れるように座り、タバコを一本抜いて火をつける。慣れた味わいにはもう噎せることもなくなった。霞んだ夜空に私の口から妙に白い煙が昇っていく。 私は路地に座ったまま、彼女のどこが良いのかを考えた。そして自分はやはりあの目に惹かれたのだと思う。 あのまるで何もかもが退屈だとでも言わんばかりの孤独な瞳が。何も欲しくない。ただ自分が存在することすら億劫そうなその瞳がとても哀しく美しい。 気がつけば私は笑みを浮かべていた。笑みを浮かべたままタバコの煙の向こうの砂つぶのような星空を見上げていた。 私は愛や恋というものを欲しているわけではない。例えば名画というものは美術館にあってはじめて美しいものだ。 権力や私欲の為の芸術など必要ない。ただ自分の為だけに活きていてほしい。私は美術館に通ってただその芸術を眺めるだけで構わない。 彼女が誰かに傾いたり、あるいは万に一つにも私を振り返ってしまうならきっと私の興味も底を尽きてしまう。誰にも依らず独りで生きていく女性だから良い。 読書の諸君は私の性癖についてこれ以上語っても理解は出来ないだろう。 だから話を変える。
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