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「お兄さん......見たよね?」
彼女の声はとても小さく、黒色に透き通った綺麗な声だった。
心臓がどくりとした。
私はどうしたことか何も言わなかった。
果たして自分はこのままここで彼女にあの果物ナイフで殺されてしまうのかもしれない。それも悪くはない。
「......なんで笑ってんの?」
どうやら笑みが溢れていたらしい。
私は辛気臭い顔を繕って囁いた。
「見たよ」
彼女のつまらなさそうな瞳が私をひたと見つめている。彼女は今、紛うことなく私のことしか見ていない。
私はまた笑ってしまった。
「なんのつもり? 警察に言うの?」
彼女はどうやら私の笑みを不気味に思っているらしい。私の笑みなんかよりも、無表情で無機質なコンビニの蛍光灯の方がよっぽど不気味だろうに。
「警察には言わない」
「じゃぁ、なんなの?」
「......24番のタバコをくれ」
その言葉に彼女は怪訝そうにケースからタバコを取ってバーコードに通した。
「かくまってやろう」
私がそう言ったのは彼女が袋に商品を詰めて私に手渡した時だった。彼女は疑いの目で私を見つめていた。
しばらくしてから「本当に?」とあの小さな声で聞くものだから、私は「本当です」と答えてやった。
コンビニの外に出て、いつもの電柱の陰でタバコを吸って彼女を待つ。
腹は減っているがそれ以上に空腹も自分の性癖も価値観も全部払い去るくらいに楽しいことが生まれた。灰色の煙が嬉しそうに私の口から夜空へ逃げていく。コンビニの明かりで薄くなった夜空へ。
それから私と彼女の間に何があったか説明するのは無粋であると思う。
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