2. 九月の夜

2/2
16人が本棚に入れています
本棚に追加
/91ページ
「何かしでかしたらお前、ただじゃすまねぇぞ」 コワモテの店長に胸ぐらを掴まれて、そう脅されたからだ。 けれど、俺は昔から「してはいけない」と言われたらやらかしてしまう人間だ。だから人一倍気をつけていたつもり…だったけど、気にすれば気にするほどやらかす。 先輩に呼ばれて慌てて立ち上がると膝にテーブルをぶつけ、置かれていた満杯のシャンパンを女性の高そうなドレスにぶちまけ、慌ててタオルを持っていってドレスを拭いたが、それはトイレの便器用のタオルだった。 そのことに気づいたのはしばらく固まっていた女性が甲高い悲鳴を上げ、後ろから2人がかりで腕を掴まれて引っ張り出されたときだった。 その後は店の裏でボコボコにされ、「もう来なくていいから」と言い放たれた。いつの間にか財布も抜き取られていた。抵抗するのも馬鹿らしくてなにもせず、荒れた夜道を歩く。 天気予報の言っていた通り、台風はかなり接近しているようで、傘もなく歩く俺を嘲笑うように雨と風はみるみる強くなっていく。殴られた頬や足はびりびりと痛い。 そして、さっきからつけられているような気がしていた。 店の奴が俺の財布の中身が少ないことに気づいて追ってきたのか?それともまた借金取りの奴らかよ。台風の日ぐらい休めばいいじゃねぇか。内心悪態をつきながら、誰か分からないのも気持ち悪いから、恐る恐る振り返る。 「おい、なんだー」 そう言いかけて口をつぐんだ。そいつは店の人間でも借金取りでもなく、生真面目そうなサラリーマンだった。黒髪で黒いメガネをかけ、かっちりとしたスーツを着て、コンビニのビニール傘をさしていた。無表情で俺を見つめている。 人を間違えたのかな。一瞬そう思ったけれど、黒い瞳は間違いなく俺をとらえている。そいつは表情を変えないまま、突然、スッと俺に手を差し伸べて、言った。 「助けに来たぞ」
/91ページ

最初のコメントを投稿しよう!