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ここに、一つの壷がある。それは弱々しく唸りを上げている。
大きさは、生まれて二三ヶ月の赤子ほど、重さもそれと近しい。黒塗りで、灰色の波の模様が泳ぎ、その上を金太郎の腹掛けのような、赤い菱形の布がかけてある。これだけなら物々しさを感じる事もないのだが、この壺には残念ながら、異様と分かる一味が加えられている。
幾月も野晒にした髪の匂い、干からびた蔦のように思えるそれが、二重三重に巻き付けられているのだが、それは植物ではなく、臍の緒。一体、何人分のものであろうか。数人ではなく、数十人、数百人の赤子の一部を纏っている。
囲炉裏の灰のような、厚みのある埃が積み重なる床に、ポツンとあるそれは、薄暗い蔵の、時間を止めてしまった空間とは違い、脈打つが如く仄かに灯を持つ。異様な様相ではあるが、どこか愛おしく、それでいて禍々しさが付き纏う壺。母心を持ち合わせている者であれば、思わず手に取り、抱き抱えてしまいそうになるであろう。
しかしながら、そのように愛でる行為は、まさしくこの壷の思う壷。女人が一寸でも触れようものなら、壺は本性を現し、牙を剥く。一見して外傷こそないが、その心は砕け、人である事を保てなくなるほどの狂気が入り込む。始終唸り声が頭蓋骨の内側を駆け巡り、視界は赤に染まる。始終鼻を突く、髪の焼ける臭いを嗅ぎながら、筋を伸ばした顎から涎を流す。始末の悪い事に、即死ではない。状態は徐々に悪化し、ジワリジワリと衰弱、小鳥の囀り程の脈を保ちながら、腐敗する。
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