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滝川ホールディンググループは、リゾートホテルや飲食店を中心に展開する日本有数の大企業だ。
たった今、ご子息の目に晒されている愛未はそこで総務の仕事をしている。
当然だが、グループの未来を担う男と一介の社員である愛未が接触する機会はゼロに等しく、ましてやパーティーの同伴者を命じられるなんて、天と地がひっくり返ったとしても起こり得ないことなのだ。
「――…で、答えは?」
抑揚のない声に愛未はハッと目を瞬かせる。弾かれたように顔を上げると、御曹司こと、滝川悠斗は頬杖をついたまま不遜な態度で愛未を見ていた。
感情を伴わない低い声にさえ威圧され、カラカラの喉から絞り出した声が震える。
「答え…、と言いますと…」
「引き受けてくれるのか?」
「それは…」
愛未は悠斗(はると)を見つめたまま口を噤んだ。
グループの御曹司が参加するパーティーだ。自分たちが企画してワイワイ騒ぐような、生半可なパーティーじゃないってことは愛未でも分かる。
なぜ同伴者に自分が選ばれたのか分からなかったし、ましてや愛未の一存で決められることではない。少なくとも総務部の上司に相談すべき事案である。
そんなことをグルグルと巡らせながら返事を返せずにいると、悠斗の唇からは小さく息が漏れた。
チェアの背凭れがギ…ッと軋み、黒曜石のような深みのある双眸がわずかに下がる。愛未は些細な仕草にも息を呑んだ。
それだけ愛未と悠斗の立場には差があるのだ。
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