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しかしスマートフォンに目を落とし、ぼんやりと歩く男はその魔法陣の存在には気づけないでいるようだった。
着ているスーツもくたびれ、背中は少し丸まって歩く姿にもまたスーツ以上に疲れ果てた様子が傍から見ても窺うことができた。
だからこそ、彼を選んだのだが。
「しっかり『世直し』してくれよな」
東一はとぼとぼと男が交差点に足を踏み入れたのを確認すると、サイドブレーキを外して、アクセルを踏み込んだ。
灰色の景色がトラックのスピードに合わせて動き始め、やがてどんどん流れるようになっていく。
「やっぱりハイブリッドにしたカイがあるな。音は静かだし加速もいいじゃないか。こりゃあ遠慮なくいける」
大きなハンドルを握る東一の目にはただただ男の姿だけがあった。
交差点を渡る男はエンジンの唸りを聞いて、少しだけ顔を上げた。
だが、目の前の歩行者信号が青であることを確認すると、それに安心したかのようにしてまたスマートフォンに目を落とした。
「よっしゃ、あ!?」
次の瞬間、男がこちらを向き直った。
突撃してくるトラックにさすがに危機を覚えたのか、それと同時にスマートフォンを取り落として回避動作に入っていた。
長い髪の毛の間から恐怖と驚愕の瞳が映るが、僅かに物事をしっかりと見極めようという男の冷静さが光って見えた。間一髪で回避するだろう。
「ちっ」
舌打ちすると同時に東一は迷わずハンドルを切った。
切った方向は男が逃げようとした方向。
そして同時にサイドブレーキを引いてアクセルを更に踏み込んだ。
結果、トラックは男の目の前で背を向けて。
そのままコンテナのある後部で男を跳ね飛ばした。
「!!!!!」
心眼を発揮した男でも、まさかトラックがそんなアクロバティックな芸当をして跳ね飛ばしてくるとは思わなかったのだろう。サイドミラー越しに僅かに見えた男の顔は愕然としたものだった。
だが、それも一瞬の事。
男は空中を舞った後、アスファルトの地面に戻ってくることはなかった。
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