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「じゃあ、行ってくるっす」
そんな思いを抱きながらも、今日も左近はポケットティッシュ配りに出掛ける。
「しかし、千個って……」
特大のダンボール箱を抱えているが、大きさの割には中身が中身だけに軽い。
「本当、ポケットティッシュでよかったっす」
店とビルとの間にある勝手口から細い路地を抜け、表通りに出る。
「しかし、つくづく窮屈そうな建前っすね」
足を止めた左近は肩越しに振り向いた。目の前にあるのは、ビルとビルの間で押し潰されそうな小さな店。
木造平屋建で間口が狭く奥に長い、巷で言うところの“うなぎの寝床”という建前だ。
間取りは表通りに面した十畳の土間が店で、その奥がダイニングとキッチン。トイレは店とダイニングの間にあり、左近が入室できるのはここまでだった。そこから奥は華桜と白夜のプライベートルームだからだ。
しかしなぁ、と左近は首を左右に振り、再び歩み始めた。
いくらこの世界が異類種間の婚姻がOKでも、白夜と華桜が夫婦……あり得ない、と左近は思っていた。でも現実だ。それがどうにもこうにも信じられずにいた。
曲がりなりにも左近は神使だ。故に、月の夜だけではなく、常に白猫の姿に被せ白夜の真の姿がボンヤリだが視えていた。
そりゃあ、華桜さんも見た目だけで言えば美人だし、パッと見、お似合いのカップルだ。だが、と左近は華桜の所業を思い、やはり、悪魔のような華桜に天上人のような白夜は似つかわしくない、と思うのだった。
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