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空が高い。
目深く被った帽子の陰で、少年は眩しそうに目を細めた。
輝く太陽も、空の青さも、八月のソレと同じなのにどこか微妙に違う。
――秋だなぁ。
夜間に雨が降ったからだろう。
澄んだ空気はヒンヤリと冷たく、頬を撫でる風が心地いい。
「こんな日ばかりだったら外仕事も楽なのに」
少年のそんな小さな呟きなど、雑踏の中では蚊が鳴くに等しい。彼もそれが分かっているようだ。喧騒に呑まれた声をなかったものとして視線を戻す。
そして、先程までと同じように、また道行く人々にポケットティッシュを配り始めた。
「ねぇ、よろづごと承ります“悟り屋”って何屋さんなの?」
ほどなくして甲高い大きな声が訊ねた。この手の質問は常だ。
少年はおもむろに視線を上げ――ギョッと身を引いた。
目の前に小太りのオバサンが仁王立ちしていたからだ。
ゲッ、あいつにソックリ! 少年はずっと昔に自分を苛めていた狸を思い出す。
オバサンは太い人差し指で、チラシを挟んだポケットティッシュの袋をトントンと威圧的に指した。そんな仕草まであの苛めっ子狸によく似ていた。
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