01) 狐の初恋

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事なかれ主義で楽観的な左近は昔から“努力”という二文字が苦手だった。 訳はある。あの苛めっ子狸だ。 左近の努力は、あの狸のお陰でことごとく邪魔をされ、一度も実ったことがなかったのだ。それを手にできたと実感できたのは“悟り屋”に来てからだ。 初めは左近も気付かなかった。 だが、いくら華桜が性悪な女だとしても、食事を口にした途端、白夜に向けるのと同じような蕩けそうな表情を浮かべるのだ。『美味しい』と口に出さずとも華桜が喜んでいるのは一目瞭然だった。 左近にとって、それは初の成功体験だった。 華桜はそれを知っているからこそ、それ以上左近に甘い顔を見せないのだ。 なぜなら、一度でも甘い顔をすれば左近の成長が止まるからだ。そういうことを全て分かっていたのだ。 言うなれば左近はM。褒めて伸びるタイプではなく叱られて伸びるタイプだと華桜は左近を分析していた。 だから、華桜のあのキツイ態度にメゲることなく“悟り屋”のバイトが続くのだと華桜が思っていることを、白夜もまた知っているが、左近にそれを言うつもりはなかった。 白夜が華桜と左近の間に入ることなくいつも静観しているのは、そんな思いがあるからだが、それと同時に、時が来ればちやんと華桜が左近を褒めるだろうことも白夜は分かっていた。 因みにだが、苛めっ子狸の名は権太(ごんた)といい、月丘稲荷神社の裏山に住んでいたのだが、穴が空いた途端にどこに行ったのか姿が見えなくなってしまった。 これには左近もちょっと驚いたが、本当のところは『ホッとした』というのが本心だった。さもあらん。
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