01) 狐の初恋

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こんなふうに同じ空間にいながらも、人ならざるモノと人間の過ぎる時間は違う。 人間がそれを『変』だと思わないのは、空間の歪みが人間を惑わして麻痺を起こさせているからだ。 「今日は木曜っすから。掃除の日っす」 「嗚呼、そう言えばそうだったな。火曜と木曜は“徹底掃除の日”だった」 三郎は思い出したとばかりにペチンと額を叩き、「俺としたことが、いやぁ、参った」と芝居めいた台詞を宣う。 いつもながら大袈裟な人だと思いながら、「秋刀魚を一匹……」と言い掛け、『白夜だけずるい!』と激怒する華桜の顔がボンと浮かび、「二匹下さい」と言い直す。 「よっしゃ、華桜ちゃんのために一番活きのいい、大っきいのを……と」 三郎も華桜ファンの一人だ。 「――どこがいいっすか? 華桜さんの」 いつもはスルーする左近だが、今日はなんだか訊きたくて敢えて質問する。 「どこがって、そうだなぁ……」と秋刀魚に目を走らせていた三郎が、一瞬だけ手を止め少し遠くを見る。そして、ニッと笑って視線を戻すと丸まる太った秋刀魚を手に取る。 「あの子の全部かなぁ」 そして、もう一匹選んで袋に入れる。 「まぁ、敢えて言うなら、あの気っ()の良さかなぁ、男前だじゃないか、彼女」 確かに言い得て妙だ。そこいらの男より強い、とおそらく三郎が思っているものとは違う解釈で左近は納得する。
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