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「いいや、私は人間だよ……そうかい、やっぱりそうだったんだね」
鈴の口元が綻ぶのを見て、左近は『しまった!』と両目を掌で抑え天を仰ぐが、時既に遅しだ。
「噂には聞いていたんだけどね……」
噂? 未だ混乱する左近は鈴の話が見えない。
「噂って……どんな?」
「死期が近付くと今まで見えなかったモノが見える、という噂だよ」
「えっ!」と左近は口をアングリ開ける。
そんな噂があるのか? 否、それよりやっぱり死を悟っていたんだ。バクバクと急激に速まる心臓の音を悟られないように、左近はから笑いを浮かべる。
「そんな噂があったんすか? 俺、全然知らなかったっす!」
上手に誤魔化せているかなと鈴に視線を向けると、柔らかな微笑みを携えた鈴が左近をじっと見つめていた。
「そうだね、若い子が知らないのは当然だ。誰も声に出して言わないからね」
穏やかに笑っているが、鈴の瞳が『何もかも知っているよ』と言っている。
これ以上誤魔化せないと左近は悟り、「どうしてっすか?」と慎重に訊く。
「裸の王様のお話は知っているね? 一つはそれさ、正直に言って馬鹿にされたくないのさ。二つ目は死期が近いのを認めたくないから、かねぇ」
“死期”の言葉に左近の顔が歪む。
「――鈴バアちゃんは認めちゃっていいっすか?」
「左近ちゃんは、本当に優しいお狐様だね」
鈴の小さな瞳に涙が浮かぶ。それをソッと着物の袖で拭うと、鈴は丸まった背筋をシャキンと伸ばして顔を引き締める。
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