01) 狐の初恋

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九月も末になると茹だるような暑さも遠退き、夏場のように少し動いただけで汗が流れるということもなくなった。 「フーッ、終わった」 それでも朝から動きづめだった身体は、少しの疲労と共に薄っすら汗をかいていた。しかし、少年はそれが心地良くもあった。 「ああ、さっぱりした」 額に滲んだ汗を手の甲で拭いながら、掃除の行き届いた部屋をぐるりと見回し、満足と共に椅子にドカリと腰掛けた。 「フーッ、疲れた」 テーブルに頬杖を付き、ボーッと宙を見る。 「昼飯は何にしようかなぁ?」 手早く作れる物がいいなぁと思っていると……ん? 少年の鼻先に甘い何かが香った。何だろう? 鼻の利く少年は鼻をクンクンと鳴らして匂いの元を確かめる。 これって金木犀(きんもくせい)? そういえば……と少年は三軒隣の小さな庭に、それが植わっていたことを思い出す。 秋だなぁ。 秋といえば……まず少年の脳裏に浮かんだのは“食欲の秋”だった。 焼き芋が食べたいなぁと少年が黄金色の世界に意識を飛ばし始めた途端、ドンと音がして特大の段ボール箱が目前に置かれた。 ワッ! 何事かと少年は一度身を引き体制を正す。 「華桜さん……?」 テーブルの横に仁王立ちした華桜を見上げる。 「何すか、ビックリっす。また凄いティッシュっすね」 「その口の利き方、直せと言っているだろう、弟神使!」 否、貴女だけには言われたくないと少年は思うが決して口にしない。その代わり、いつもの台詞を口にする。 「だからぁ、左近、月丘左近(つきおかさこん)っす」 本来、稲荷神の神使に名前はない。 だが、『人の世で働くのに名前が無いのは不便だろう』と心優しい白夜が付けたのだが……。 人一倍ヤキモチ焼きの華桜は、自分以外のモノに白夜が関心を持つことを嫌う。 「我にそう呼んでもらおうなんて、百年、いや、百万年早いわ!」 ゆえに、名付けられてから幾年も経つというのに、未だ華桜から名前で呼ばれたことがない。挙句……。 「今日のノルマは千個」 こんな風に、何に対してだか分からない八つ当たりをされるのはしょっ中だった。
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