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「英梨ナンテ、イナクナッチャエ」
私は悲鳴を上げて、耳元にいた何かを払い落した。聞こえたのは、ざらざらとした私の声だった。湿った強い風が吹き、雲が流されて月光が森を照らしだす。道に落ちていたのはてらてらと光る真っ黒な蝉だった。壊れたテープレコーダーのように蝉は言う。
「エ、エリ、ナンテ、テ、イナ、イナク、ナッチャエ」
その言葉を皮切りに、森の中から誰かを呪う人々の声が波のように押し寄せてきた。木の幹にびっしりとしがみつく黒い蝉の群れが、じいっと私を見詰めている。誰とも知れない恨みの声が私に襲いかかって来る。
最初に私は気付くべきだった。この虚蝉について話していた女の子が、一体誰だったのかも分からない事に。
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