虚蝉

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「ねえ、こんな話知ってる?」  教室で、誰からともなく話しだす。夏期講習が終わって、私達四人はアイスを食べていた。彼女のどこか謎めいた口調に、興味津々で杏子が尋ねる。 「どんな話?」 「裏手に森があるでしょ?」 「ああ、不審者がよく出るとか」  郁美が相槌を打つ。 「あそこに落ちてる蝉の抜け殻に向かって、自分が嫌だなあって思ってる事を言うと、それが解決するんだって」 「すごーい、便利!」 「英梨は何でも信じすぎだって」  目を輝かせる英梨に、すかさず郁美が突っ込む。 「それで解決できたらラッキーじゃん! ね、友紀ちゃん!」  私に同意を求めるように英梨が言った。私は笑って頷く。 「あったらいいけど……普通のおまじないっぽいよね」  アイスを食べ終わると解散になり、一人だけ地元組の私は帰り道を歩いていた。例の森に差し掛かる。長い間手入れがされていない所為で、樹木も、蔦も、雑草も鬱蒼と生い茂っている。家に帰るにはどうしてもこの森の前を通らなくてはいけない。私は、立ち止まった。攻撃的なアブラゼミの鳴き声が頭を殴りつけてくるように響く。ひゅう、と生温かい風が吹いた。足元に何かが転がってくる。それは蝉の抜け殻だった。また風が吹けば飛び去ってしまうだろう。しゃがんで観察してみると、しっかりと虫の形を保っていて、気持ちが悪かった。醜い言葉を吐き捨てるには、ぴったりの存在に思える。私は虚蝉(ウツセミ)に向かって呟いた。 「英梨なんて、いなくなっちゃえ」  鬱陶しく何でも同意を求めてきて、構われたがりの彼女が、私は苦手だった。でも言葉にすると怖くなってきて、すぐに立ち上がって私は家路を急いだ。  その晩、いつも秒単位で返信が来る英梨のSNSチャットの既読がつかなかった。偶然だ、と思い込もうとした。けれど私は堪らなくなって、そっと家を抜け出した。  息を切らせて森の前に立つ。雲が多い夜だった。私の他には誰の姿も見えない。当たり前だ、何を心配しているのだろう。慌てた自分に呆れ、私は踵を返す。するとブンと低い羽音がして、耳元で声がした。
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