1人が本棚に入れています
本棚に追加
「ねえ、こんな話知ってる?」
教室で、誰からともなく話しだす。夏期講習が終わって、私達四人はアイスを食べていた。彼女のどこか謎めいた口調に、興味津々で杏子が尋ねる。
「どんな話?」
「裏手に森があるでしょ?」
「ああ、不審者がよく出るとか」
郁美が相槌を打つ。
「あそこに落ちてる蝉の抜け殻に向かって、自分が嫌だなあって思ってる事を言うと、それが解決するんだって」
「すごーい、便利!」
「英梨は何でも信じすぎだって」
目を輝かせる英梨に、すかさず郁美が突っ込む。
「それで解決できたらラッキーじゃん! ね、友紀ちゃん!」
私に同意を求めるように英梨が言った。私は笑って頷く。
「あったらいいけど……普通のおまじないっぽいよね」
アイスを食べ終わると解散になり、一人だけ地元組の私は帰り道を歩いていた。例の森に差し掛かる。長い間手入れがされていない所為で、樹木も、蔦も、雑草も鬱蒼と生い茂っている。家に帰るにはどうしてもこの森の前を通らなくてはいけない。私は、立ち止まった。攻撃的なアブラゼミの鳴き声が頭を殴りつけてくるように響く。ひゅう、と生温かい風が吹いた。足元に何かが転がってくる。それは蝉の抜け殻だった。また風が吹けば飛び去ってしまうだろう。しゃがんで観察してみると、しっかりと虫の形を保っていて、気持ちが悪かった。醜い言葉を吐き捨てるには、ぴったりの存在に思える。私は虚蝉(ウツセミ)に向かって呟いた。
「英梨なんて、いなくなっちゃえ」
鬱陶しく何でも同意を求めてきて、構われたがりの彼女が、私は苦手だった。でも言葉にすると怖くなってきて、すぐに立ち上がって私は家路を急いだ。
その晩、いつも秒単位で返信が来る英梨のSNSチャットの既読がつかなかった。偶然だ、と思い込もうとした。けれど私は堪らなくなって、そっと家を抜け出した。
息を切らせて森の前に立つ。雲が多い夜だった。私の他には誰の姿も見えない。当たり前だ、何を心配しているのだろう。慌てた自分に呆れ、私は踵を返す。するとブンと低い羽音がして、耳元で声がした。
最初のコメントを投稿しよう!