消えた栄光

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「もうすぐなんですから,頑張って。ほら!」  小さい子供を励ますかのようにウィングの目の前にネルソンが手を伸ばす。 「ええい!余計なお世話だ!歩けるよ!」ウィングが煙たそうに払いのける。  ネルソンは呆れたような,小馬鹿にしたような表情を見せると,背を向けて歩きだした。 「あっ,おい!今俺のこと馬鹿にしたな!?」息も切れ切れにウィングが問い質す。 「それだけ元気があれば安心です」ネルソンが余裕綽々に返す。 「覚えてろよ!後で上司に報告するからな」  そう言い終えたところでネルソンが足を止めて振り返った。 「なんだ?怖気づいたか?」ウィングが追いつく。 「ここからはくだりですよ,刑事殿」ネルソンが満面の笑みを見せた。  ウィングは気が遠くなってゆくのを感じた。 「話が違うぞ,ハミルトン!」ウィングが両膝に手を付き肩で息をしながら声を荒げた。 「何のことですか?」ハミルトンと呼ばれた女性が答えた。彼女もネルソンと同じく,肩に目立つ黄色いラインの入ったネイビーのジャンパーを着込み,トレッキングパンツ・トレッキングシューズという格好をしている。革靴にスーツ,トレンチコートという出で立ちのウィングだけが異常なほど浮いていた。 「麓から歩いてちょっとのところって,そう言ったじゃないか!」ウィングは体を起こすと大げさな身振りで彼女に主張する。 「ちょっとじゃないですか。情けないこと言わないでください」歯牙にもかけない様子のハミルトン。 「なっ,な・・・情けない!?」 「はい,これ」  ハミルトンがウィングの返事を無視するかのように一冊のノートを手渡した。 「なんだこれ。日記か?」  ウィングは受け取ったノートを開く。 『生命と無生命』 『命を命たらしめているものは何か── 「なんだこれ」ウィングが先程と全く同じ言葉を繰り返した。 「何でしょうね」ハミルトンが答える。 「ブラックウェルの手記なのか?」 「断定はできませんが,おそらくそうでしょうね」 「あの中で?」と,ウィングが霧に包まれた屋敷を親指で差し示した。  ハミルトンはただ頷いた。  ウィングは何となく嫌な予感がした。  ハミルトンは今彼が何を感じ取っているのかが分かった。彼女もまた,このブラックウェル邸と相対したとき,それを感じたからだ。  ウィングは何も言わずに屋敷の門の前へと歩いて行き,門扉に手をかけた。
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