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頬を打つ冷たい風に眉を顰め,ウィングはトレンチコートの襟を立てた。隠れていたチェックの柄が露わになる。祖国を代表する一流ブランドの有名なチェック柄だ。ウィングは現職に着任して以来ずっとこのコートを愛用している。いぶし銀な男にはトレンチコートと昔から相場は決まっている。
針葉樹の林間を,ぬかるむ斜面に足を取られながら進んでゆく。辺りは霧がかっていて,5m先も見えない。先導する捜査員のジャンパーに引かれた蛍光色のラインだけを目印に進んでいた。
「おーい!本当にこの道であっているのか?」ウィングは先導する捜査員に呼びかけた。
「大丈夫です!もうすぐですよ!」捜査員が振り返らずに返答する。
15分前も同じセリフを聞いた。もうかれこれ20分は歩き続けている。ほんのちょっと歩くだけだと聞いていたがこれでは話が全然違う。コートの裾が泥にまみれないか気を配っていると,いつの間にか先導していた捜査員の姿が見えなくなっていた。
「おーい!ネルソン!どこだ!」ウィングが捜査員の名を叫ぶ。
「ネルソン!返事をしてくれ!」
視界が悪くとも声は届くだろうと思っていたが,返事が無い。不安になってきた。早くオフィスに戻って温かい紅茶が飲みたい。
「くそっ!なんなんだまったく!」
ぶつぶつと管を巻きつつ,仕方なく前進をする。いつまでこの斜面は続くのか。きっとそり遊びにはうってつけだろう。乱立する鬱陶しい木々を全て切り倒し,草と苔だらけの足元をきれいに整えられれば。
そんなことを考えているうちに,完全に方向感覚が狂ってしまった。ただ斜面を登るだけという行動を軽く考えていた。もし少しでもずれて進んでしまっていれば,完全に迷子だ。
かといって,ここに立ち尽くしていても何も始まらない。なにより,目の前の霧の中から巨大な熊でも出てこようものなら・・・
そう思った矢先に,こちらに向かって動いてくる黒い影がみえた。
ウィングの血の気がさっと引いていくのが分かった。これは気温のせいじゃない。冷たい風のせいでもない。
ああ,俺の人生もここまでか・・・
「ベッドの上で死にたかったぜ」
ウィングが呟くと同時に,霧の向こうからニュッと手が伸びてきた。
「探しましたよ刑事」
霧の向こうから現れたのは熊よろしく真っ黒な髭を蓄えているネルソンだった。
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