とあるタクシー運転手の話

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とあるタクシー運転手の話である。 その日は朝からどんよりとした空模様で、辺りは薄暗く冷たい風が吹いていた。 運転手の男が車をいつもの道で回していると ドンっ という音と共に何かがぶつかる衝撃があった。 人が飛び出してきたわけではない。 猫でも轢いたか。男はそう思った。 しかし、猫にしてはぶつかった際の音と衝撃が大きかった。 犬にしては鳴き声の一つもないのは奇妙である。 何にせよ根が真面目な男であるから道路の脇に車を停めて通り過ぎた道を見渡した。 すると、何かがぶつかった辺りに人が倒れていた。 男は罪悪感と恐れに苛なまれながら、慌てて倒れている者に駆け寄った。 俯せに倒れていたのはどうやら老人で、 真っ白な髪が湿った風に揺れて抜け、中空に舞っていた。 ―――大丈夫ですか。と男は声を掛けた しかし、反応はない。 ―――大丈夫ですか。と今度は肩を揺すりながら声を掛けた。 だが、やはり反応はない。 死んでしまったのか。 男の胸中に不安が過った。 救急車を呼ぶにもまず生死の確認はするべきではないかと考え、 俯いて倒れている老人を仰向けにしようと上体を持ち上げる。 その時、男は違和感を覚えた。 体が異様に軽かったのだ。 しかし老人であるからこんなものだろうと、さして気にせずに仰向けにした。 その顔を見た瞬間。 男は思わず我を忘れて叫んだ。 覚束ない足取りで車まで戻り車内で膝の間に頭を挟み怯え、震えた。
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