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「すべての役目を終えた三月は自ら身を投げる。愚かなる偽の十二月を残して。愛しき十二月のために犯した罪は浄化されるだろう」
次の瞬間、彼の身体は宙を舞った。そして消える。
直後に聞こえたのは、六年前と同じ音。
楓菜はその場にしゃがみ込んだ。吐き気がする。朦朧とする意識の中で聞こえるのは、誰かの悲鳴。
冷たい風が吹き抜けてパラパラと紙の音が聞こえた。顔を上げると、すぐ隣でガラケーの横に置かれた台本が風に吹かれている。ボロボロに擦り切れた紙は風に吹かれ、やがてあるページで止まった。
『全ての月は消え、十二月と成り代わった十三月だけが残された。止まってしまった暦は一人で背負うには重すぎる。絶望する十三月の耳に聞こえるのは、罪を責めるサイレン。背後に迫るは暦を取り戻さんとする者たちの足音』
そのとき、背後から灯りが近付いてきた。揺れる細い光の筋は懐中電灯だろう。ぼんやりと振り返った先にいたのは、黒い制服に身を包んだ男たち。灯りがまぶしく、楓菜は顔をしかめる。
「君、こんなところで何を――」
パラリと音が聞こえて楓菜は視線を戻す。
最後の紙が、何かに押さえられているかのように屋上のコンクリートにへばりついている。楓菜は目を細めた。
『十三月は己の罪を告白する』
ザッと靴音が近付いてくる。
「君、聞こえないのか?」
まぶしい。
目が痛い。
白い光の向こうに見える黒い影たち。その影に向かって楓菜は口を開いた。
「人を、殺しました」
光が揺れた。
ザワッと声が騒ぎ出す。
声は声を呼び、そして強い風が吹き抜けていく。
白いスポットライトは楓菜を照らし、騒ぐ声と吹く風の音はまるで観客たちの歓声と拍手のようだった。
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