3. 初日の終わり

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 私たちは家の確認を終えた後、近くの市場に向かうことにした。  ノエを紹介したい者たちがいる。  市場まではここから歩いて十分の距離だ。王都にはいくつも市場が開かれているが、その中でも比較的小規模で、余計な喧騒の無い穏やかなところだ。特に珍しい商品がたくさんあるわけではない。日用品や普通の食材ならばほとんどここで事足りる。スーパーマーケットより新鮮な食材が安価に手に入るので、利用者は多い。私が暫く独り暮らしをしていた社員寮からは少し遠いのだが、昔馴染みが何人もいるので、週末にはここまで足を伸ばすのだ。夜には簡単な飲み屋も開かれる。  初めての場所で疲れているだろうから、エメは私が預かろう。そう言いかけて、エメを抱くノエが楽しそうにしているのに気が付いた。強かな私の妻は、エメを抱いている方が心が楽なのかもしれない。一応、私がエメを抱こうか、と訊いてはみたが、やはり首を振られてしまった。  ちょうど夕暮れ時、夕飯のメニューを考える主婦たちで市場は賑わっていた。  私はノエを連れて、ある店の前まで行った。その間に幾つもの視線が向けられたが、ノエが全く気にした素振りを見せないので、気にしないことにする。  その店は、魚屋だった。  威勢のいい声を張り上げて客引きをする竜が、私たちに気付いて満面の笑みを浮かべる。 「ロワちゃん! いやぁ、よく来た!」  私を「ロワちゃん」などと子ども扱いしてくるのはここの市場の者たちだけだ。思わず苦笑し、テントから出て来たその魚屋には勿体ないほど逞しい身体とハグをする。  薄青の鱗のこの竜は、名をギャジー。ただの魚屋だが趣味が筋トレなので軍人のような身体つきをしている。体を鍛えた結果なのか何なのか、底抜けに明るく、些事を気にしない大らかな竜だ。  私が幼い頃からここで商売をし、寄宿学校の長期休暇の時くらいにしか来なかった私を覚え、よく気に掛けてくれる。  その性格を信頼し、一目置いている竜だ。 「んでぇ、そっちが、いやいや、たまげた! めちゃくちゃ別嬪さんじゃねェか!」 「ノエだ。私の、妻の」 「はぁ、ロワちゃんも奥さん貰うようになったんだなぁ、感激感激!」  ギャジーはわざとらしく泣いてもいない目元を拭い、ずいっとノエに顔を寄せる。あまりの勢いと迫力に、流石のノエも少したじろいだ。
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