光秀を誘う秀吉

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「あれだけ四国は長宗我部に任せると約束されていたのに、上様は急に  三好と手を組み長宗我部を切ろうとしています。長年長宗我部との仲を  取り持って来た日向守殿の苦労をまったく顧みない蛮行です」 「……」  明らかに主君を批判しているが、光秀は外の景色に視線を向けた。 一抱えはありそうな丸い石に窪みが出来ている。何年何十年と長い月日を かけて雨だれが少しずつポツリポツリと空けた穴。 「雨だれ岩をも穿つ……か」  光秀は一言だけ発すると目を閉じた。  静寂の中、シャッシャッシャッと宗易が茶を点てる音だけが響く。 暫くしてスッと差し出された茶は、いびつな黒い茶碗の中で鮮やかな緑。 静かに口元に運び、一口、二口と飲む。予想に反して強い苦味に光秀の 顔色が変わった。 「人生とはこの茶の様に苦いもの。心を乱さず長宗我部のことは諦めなさい」  宗易に諭されている気がした。名門源氏の出身とは言え、乱世において 優れた主君に仕えてなければ没落する。その点織田信長は最高だった。 強敵今川義元を破り、松平元康と同盟を組んだ後は破竹の勢いで勢力を 拡大して行った。戦国大名最強の呼び名が高かった武田信玄も病死し、 足利将軍家すら信長と対立して没落した。目ぼしい対抗勢力はもはや無く、 そんな偉大な主君にえることに光秀自身誇りを感じていた。 それを投げ捨てて親類の長宗我部を助ける必要が果たしてあるのか。 光秀の心は揺れ動いていた。  その時秀吉が突然右手を差し出した。千宗易の眉がピクリと動く。 「日向守殿、お主の茶をワシにも飲ませてくれ」  驚く光秀。茶道では一人一杯ずつ出されるのが基本である。一つの 茶碗を回し飲みする作法は存在しない。 「さあ、早く」  秀吉に則されて光秀が渡すと、残りの茶をグーッと飲み干して 「うおっ、何と言う苦さだ。宗易、苦味で我々を殺すつもりか?」 キッと睨んだ。 「滅相も御座いません。入れ直し致しましょうか」  静かに頭を下げた宗易に「冗談だ」と笑う秀吉。 「日向守殿、儂は源氏でも平氏でも無いからよくは判らんが、天下泰平の  為には、この世は源氏が治めるべきだと思う。どうだ、儂と一緒に上様を  倒して泰平の世を作らぬか?」  サラリと主君暗殺を光秀に持ち掛けた。
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