吠える元春

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 その手紙をジッと眺める小早川隆景。智将の明晰な頭脳をもってしても 羽柴秀吉と黒田官兵衛の意図が読み切れない。 「秀吉は織田信長の命令で毛利攻めを敢行しているハズだ。それなのに  勝手に和睦すれば指揮官を罷免されて切腹させられるだろう。  おまけに清水宗治の切腹を和睦の条件にする理由もよく判らぬ」  困惑する隆景。日差山の吉川元春に翌朝来るように使いを出した。 元春が和睦に猛反対するのは聞くまでも無い。猿掛城にも知らせる 必要があるが、わざわざ援軍に来て一矢も交えず、味方を見捨てて和睦 すれば、今後毛利に従う豪族達が「毛利は腰抜け」と猛反発する。 輝元も反対するのは火を見るよりも明らかだった。 「和睦を希望するとのお話ですが、貴殿の意図が測りかねて困惑して  おります」  隆景は自分の正直な感想を返書に記すと羽柴軍本陣に届けさせた。 翌朝元春が岩崎山に来たが、それと同時に一人の武将が杖を突き片足を 引き摺りながら数人の護衛と共に隆景の陣を訪れた。 「おお、両川のお二人がお揃いとは丁度良い。私は羽柴軍の軍艦を務めて  おります、黒田孝高と申します。和睦について直接お話に来ました。  我が主・羽柴秀吉は信長様の命令で仕方無く毛利攻めをしているだけで、  秀吉自身にはお二人と闘う意志は御座いません」  そう言うと深々と頭を下げる。 「突然現れて何を言い出すかと思えば、和睦したいとは何事だ! そちらが  我々の領地に攻めて来たのだ。戦わずに和睦するなど武士の恥だ!」  腰の刀を抜こうとする元春。官兵衛の護衛の兵士達もサッと刀を抜く。 「止めろ兄者」  普段おっとりとした喋り方の隆景がドスの効いた声で制止した。 「孝高殿、どうにも解せぬことがあります。希望通り和睦したとして、  秀吉殿は信長殿から処罰を受けると思うのだが?」 「御心配には及びません。信長様はもうすぐ亡くなられますから」 「なに?」  絶句する元春と隆景。まるで未来の出来事を知っているかの様な口ぶりに 背筋がぞっとする。 「それは……まことの話か?」 「はい。もう間もなく京都にて明智日向守光秀殿が謀反を起こします。  我々は主君の仇討ちをする為に姫路城に戻ります。その為に和睦が必要  なのです」
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