ストーカー

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宵が深まったころだったろうか。 水の滴る音と共に異様な気配を感じ、目を覚ました。 酔いの抜けない朦朧とした意識。 重たい瞼を薄く開ける。 霞む視界に映った光景に瞬間、息が詰まった。 枕元に程近い、引き違い窓に凭れかかり、カーテンを透かす淡い月明りを背に 人影が佇んでいた。 首をしだれ 俯き、濁った双眸で天井の一点を見詰めている。 半開きの口からは涎が溢れ 床に落ち、飛沫を上げていた。 あのストーカーだ 叫びは喉の奥で詰まり、恐怖が体を芯から凍らせた。 浅く早まる呼吸、冷たい空気が肺を刺し、心臓が張り裂けんばかりにのた打ち回る 抵抗も逃げる気力さえも漂白され、意識だけが動かぬ体を見捨て、逃げ出そうともがく。 微動だにしない影。 一点を見ていた視線が彷徨いだした。 目が合えば殺される。 頭の中で、警報が鳴り響く しかし、魅入られたように瞳は影を見据え、離れない。 濁った眼球だけがゆっくりと動き、生気のない瞳がこちらを捉える。 ふいに。 雲が月明かりを遮り、室内は真の暗闇に覆われた。 真っ白な意識は黒く染まり、闇へと融けた。 光の届かない深海に沈んだような静けさ。 息つけない闇の塊の中にどれだけ潜っていたのか 雲が流れ、カーテンを透かした青い日差しが部屋を淡く浮き上がらせた。 人影の姿はいなくなっていた。 気配はなく、何事もなかったように時が流れ出していた。 朝日が昇り玄関を調べると、堅牢な鍵は全てしっかりと掛けられていた。 窓も同様に、人が出入りした形跡はなかった。 両親から引っ越しの資金を借り、アパートを出て行くことになって 申し訳なさそうに大家が部屋にまつわる話を告白した。 部屋では嘗て男が自殺していた。 カーテンレールに括り付けた紐で首を吊っていたという。
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