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「これから山ひとつ越えなきゃならないんだよ」
一階に下りるエレベーターの中で、宮下が眉をひそめる。ひどく憂鬱そうだった。
「山ですか?」
「うん、車で二時間」
志穂はそういうことかと、うんうんとうなずいた。
今から二時間かかるとなると目的地に着くのは午後七時ほどになる。
「往復四時間の移動は大変ですね。泊まりですか?」
「いや、どっちにしても泊まるホテルもないような田舎だからね。仕事が終わったら、そのまま帰ってくるよ」
宮下がこともなげに言うと、エレベーターが一階に着いた。
ふたりで正面玄関から外に出る。
駐車場はビルに隣接されており、志穂も宮下の後について歩いた。
すると突然、「志穂」という声とともに手首を強い力で掴まれた。それは痛いくらいで、思わず足を止める。
振り向くと、なぜか圭人が険しい顔で志穂を睨みつけていた。
「圭人!」
「誰、あいつ? この間とは違う男?」
「なんでこんなところに?」
「僕が先に聞いてる」
「見ていたならわかるでしょう。あの人は会社の人だよ。今からわたしの職場に送ってもらうところなの」
「職場?」
「五月から異動になって、今は駅前にあるビルで働いてる。出かけるついでにそこまで送ってもらうところで、ただそれだけだから」
志穂は圭人を落ち着かせようと丁寧に説明する。
しかし圭人は不満げだった。仕事上のことだとしても、志穂が男性とふたりきりで車に乗るだけで嫉妬してしまう。
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