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「圭人、駅前でしばらく時間をつぶしていて。仕事の終わる時間が八時半なの」
「そんなに遅いの? 仕事なんてサボっちゃいなよ」
「そんなことできるわけないでしょう。子どもみたいなこと言わないで」
「こういうときばっかり年上を気取るんだな。三つしか違わないだろう。それに僕は二十歳(はたち)だよ」
「そういう話をしてるんじゃないの。わたしは今仕事中なの。早く戻らないといけないのに……」
志穂はあきれたように言った。
すると見かねた宮下が声をかける。
「志穂ちゃん、やっぱり車で送るから。よかったら、そっちの彼も一緒にどうぞ」
「でも……」
「いいから、遠慮しないで」
宮下がそう言うと、志穂は迷いながらも従おうとした。
けれど圭人はその場を動こうとしない。
「駅まで乗せてもらおう」
「僕はいい。歩いていく」
「圭人……」
「駅前のホテルにいるから、仕事が終わったら電話して」
圭人は投げやりに言うと、さっさと歩き出す。
見慣れた背中が小さく弱々しく見えた。慣れない場所なのにひとりにさせてしまうことが忍びなくて、志穂は圭人の後を追った。
「待って!」
うしろから声をかけても圭人は歩みを止めない。
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