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夕べの段階でデスクにたくさんの書類が積まれていたのに。
志穂は、長谷部のほうこそ仕事が早いと感心していた。
「根岸くんに頼んだら一週間かかったことがあったのよ」
「根岸さん、マイペースですからね」
「面倒くさい仕事は後まわしだなんて、社会人としてどうなのよって感じよね」
「それはひどい……。でも根岸さんもなかなかですね」
「でしょう!? このわたしに歯向かうのは根岸くんくらいよ」
長谷部はそう言うと、腕時計を見て少し慌てた。それから、「もう行かなきゃ」と車のキーを持った手を振って颯爽と歩き出した。
「行ってらっしゃい」
志穂は笑顔で見送る。
彼女はどんなに仕事がハードでも疲れや弱さを見せず、常に明るくまわりに気を配り、太陽のような人だ。うしろ姿まで格好いい。
志穂はしばらく、うっとりと見つめていた。
*
「お金なんていらない」
「いいから。交通費だけでも大変でしょう? ホテル代くらいわたしに持たせてよ」
「いらないったら、いらない。なんで志穂からお金を受け取らないとならないんだよ」
「ほんと、変なところで頑固なんだから」
かれこれ五分は経っているだろうか。
ホテルの部屋に入るなり、志穂は一万円札を手に圭人を懸命に説得していたが、頑なに受け取ろうとしない圭人にほとほと困り果てていた。
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