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圭人の目が潤んでいた。心から悪いと思っているのが伝わってくる。
それに、拒まれても何度も自分の気持ちをストレートにぶつけてくるエネルギーはたいしたものだと思った。
果たして自分にはそんな勇気はあるだろうか。
志穂はふと思った。
「わたしのほうこそ一方的すぎたよね。圭人だって言いたいことがたくさんあったはずなのに」
「それは志穂のほうだよ」
「わたし?」
「志穂がなにも言わないのをいいことに僕は自由になりすぎた。気づいてたよ、僕のことでいろいろ我慢してたってこと」
「圭人……」
「その気がないのに応じてくれた。それでもうれしかったんだ。僕の思い通りになるうちは、自分のものだって思いあがっていたのかな」
圭人は人が変わったかのように穏やかに話してくれた。まるで、つき合っていた頃に戻ったようだった。
けれどまだ本題に入っていない。
「圭人、あのね、これからのことなんだけど」
「そんなに僕と別れたい?」
「圭人が前に見た人がいたでしょう。その人のことが好きなの。自分でもこんなに早く心変わりするなんてって思った。でもこればかりはどうしよもないの。これが本当の気持ちだから」
「僕が浮気をしなかったら、変わっていたかな?」
「それはどうだろう。もしかしたら、わたしのほうが圭人を裏切る立場だったかもしれない」
「それは違う。志穂はそんなことはしない人だよ」
言いながら圭人は悲しげに目を伏せた。
志穂はなぐさめの言葉を思いつかず、ただじっと見ていることしかできない。
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