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少し前まで雨が降っていた。だけど通り雨だったようで、志穂がタクシーから降りたときにはすでに雲は晴れ、彼方に青い星が浮かんでいた。
圭人と別れ、志穂は太一の住むマンションに来ていた。
雨に洗い流された空気は澄み、ひんやりとしていた。敷地内にある植え込みの低樹木の葉が濡れている。
静まりかえった中、石畳の上でヒールの音だけが聞こえていた。
エレベーターに乗り、最上階で降りる。玄関前に来ると、太一がすでにドアを開けていて、誘惑の眼差しを向けてきた。
「入れよ」
見つめられると、押さえつけていた感情があふれそうだった。
「急に電話してごめんね」
「逆によかったよ。連絡取れなくて困ってたから。三週間ぶりだな」
「違う、二日ぶりだよ」
「ちゃんと会うのがだよ。この間のはさすがにノーカウントだろう」
「帰国早々、浮気現場を見られて気の毒だったね。それとも彩さんが本命なのかな?」
そんなことを言うつもりはなかったのに、二日前の会議室での光景が頭に浮かび、つい口をついて出てきてしまった。
「ごめん、なに言ってんだろう、わたし」
「別にいいよ。あんな場面を見たら、そう思うのも無理ないよ」
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