10.切なくて甘い夜

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「幸せになってほしいって思ってたんだ。でも彩はいつも不安を口にしていた」  元カノである志穂は、彩にとって脅威だった。片思い中、彩はずっと志穂の存在を感じていたのだから無理はない。  それだけでない。一也の仕事が忙しくて会う時間が減ってしまったのを、自分に関心がないからだと思い込んでいた。  社会人は学生時代より融通がきかなくなって当然。そんなことすら彩には理解できなかった。 「彩が俺を頼ろうとするのを、兄貴が快く思っていないのはわかっていたんだ。でも彩が涙を浮かべてくるから離れられなかった」 「やさしいんだね、太一は」 「違うんだ。彩を励ますことで俺自身を励ましていたんだよ」  そんな素振りを見せずとも、内心は苦しく、思い悩むこともあった。志穂が上京したことを知り、なにもできなかった自分を悔やみもした。 「今の俺があるのは彩のおかげでもあるんだ。彩の勧めがあったから今の会社に転職しようと思ったんだよ」  志穂は太一の話を聞きながら軽く嫉妬を覚えるが、ありのままを伝えてくれる正直さに安心もしていた。  それにどうあがいても、志穂はふたりの間に入り込むことはできない。ふたりにはふたりの過ごしてきた時間があって、お互いの弱さを認め合い、支え合ってきたのだ。
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