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「江波?」
「なんで言ってくれなかったの?」
「どうしたんだよ?」
「こんなのってない。黙っていなくなるとか、信じられない……」
あまりにもショックでうまく言葉に表すことができない。
志穂は立ち尽くしたまま、言葉を失くした。
「それ見たのか」
太一が歩み寄ってきて、志穂の手もとに目をやった。
志穂が見つけたのは太一に出された辞令だった。そこには東京本社の不動産投資事業部への異動が記されていた。しかも来月からだ。
あまりにも急なことで、書類を持つ志穂の手が震えていた。
「東京に行くんだよね?」
「内示を受けたときはそのつもりだった」
「つもりだった? もしかして断るの?」
「ああ。この間、実家に帰ったとき親父にもそう言った」
「それであのとき実家に……」
志穂は取り乱しそうになるのを必死で抑えていた。冷静にならなきゃと深呼吸する。
「でも、もともと希望していた部署だったんだよね? なのに東京に行かないの?」
太一の実家は不動産会社。父親の家業とかかわりのある部署に異動ということはそういうことなのだろう。
そして彩が邪魔しないでと言っていたのは、太一が転勤を断ろうとしていたのを知ったから。志穂を呼び出し、「もう会わないでほしい」と言ったのはそういう意味だったのだ。
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