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「前はたしかに希望してた。でも今は違う。だから転勤は断る」
「だめだよ、そんなことしたら……」
「決めるのは俺だよ。だから東京には行かない」
太一の意志は固く、言葉に迷いもなかった。
志穂にとって、その決断は願ってもないこと。だけど果たしてそれでいいのだろうかと思い悩んでいた。
太一は自分の仕事に誇りを持っていて、今よりもっと高いところを目指している。それなのに、地方のこんな小さな世界にとどまらせていいのだろうか。彼には彼のふさわしい場所があるはずだ。
「転勤を断るのがどういうことかは太一だってよくわかってるよね。なのにどうして?」
「決まってるだろう。江波と離れるのが嫌だからだよ」
当初の太一の考えは、もし志穂が自分のものになったら、彼女を地元に残し、自分だけ東京に行くつもりだった。お互いに気持ちが通じ合っていれば、遠距離恋愛ぐらいたいしたことないと高を括っていた。
けれど、志穂と一緒に過ごしていく中で、だんだんと欲が出てきてしまった。
そばに置いておきたい。会いたいときに会って、この手で抱きしめたい。
だからといって、志穂を東京に連れていけるのだろうかと現実的に考えたとき、それは無理だと思った。志穂の仕事のこともあるし、今すぐ結婚といかないとなれば彼女の両親だって納得しないだろう。
自分でも驚いていた。彼女なしの生活に耐えられないと思ってしまうほど、自分が弱い人間だったとは……。
いや、違う。
それはあたり前の感情なのかもしれない。本気で好きだから、少しでも近くにいたいと思うんだ。
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