第十九章 沈黙の森 四

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 周囲は反対したが、黄野は俺に慧一を渡してくれた。 「慧一、ごめん。最後に約束を守ろう」  慧一が頷いていた。  慧一は紗英と同棲を始めたばかりであるので、巻き込みたくなかった。でも、俺が死ねば、契約している慧一も死んでしまう。 「志摩、俺達を食べて」  そこで、志摩の巨大な手が伸びてきて、俺達を包み込んだ。 「待て!志摩!ダメだ!」  黄野が刀で志摩を切りつけ、俺を護るように避けた志摩の小指が切れて落ちてしまった。床に血が広がり、俺は志摩の顔を見た。  志摩は泣きそうな顔で、でもりりしく俺を見ていた。俺が顔だけ寄せてそっとキスすると、志摩が覚悟を決めた。 「俺も一緒だからな」  慧一も手の中で呟いている。 「消える時は、皆、一緒だね」  でも、酷な事だとは分かっているが、光二を切り離し、氷渡の方へ突き飛ばした。光二には愛する人が、目の前にいる。それに、きっと俺がいなくても、もう生きていける。 「守人、待て!志摩、ダメだ!」  氷渡は、それでも光二がこちらに来ないように、抱きとめていた。そのまま一生、光二を抱きとめておいて欲しい。苦労をかけてしまった相手であるので、幸せになって欲しい。  志摩は、手を握るとそのまま俺を喰った。 「志摩、やめろ、村が滅ぶ!」 「志摩、守人様を吐き出せ!」  喰われて痛いという感覚もなく、無重力の空間に投げ出されたかのようであった。どこも真暗であったが、息苦しくない。まるで、風呂の中のように温かく、例えるのならば、胎内のような雰囲気であった。  志摩の中は広くて、無限のように感じる。慧一も横で、ふわふわと飛んでいるようであった。 「志摩!守人様を出せ!」 「上月。出て来い!」  黄野と氷渡の声が聞こえたが、俺は志摩の腹の中で微睡んでしまった。  ここで永遠の眠りなのか。慧一も中で眠りにつこうとしていた。  志摩は、溶けるように形を無くし、箪笥の隙間から、床の隙間に流れ出していた。  そして配管に流れ込み、そのまま流れ続けてゆく。どういう訳なのか、俺はまだ意識があり、周囲が見えていた。でも、それは志摩の感覚を通してだった。 『守人さん眠っていてください。×の皆も隠れて眠りにつきました』  俺と契約した×の全てが、身を隠して眠りについたらしい。 『黒川さんと約束していました。何かあったら私が、守人さんと慧一を食べて逃げろと』
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