第一章 神袋(かみぶくろ)

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「守人さんと暮らしてゆければ、私は何もいりません」  志摩は、俺が道で拾い育てた×であった。拾った時は、手の平に乗るくらいの、小さな肉塊で、ウミウシとかそんな類の生き物なのかと思っていた。  でも、姿を持たない×と知り、かつ俺と同じ年と分かり、それからは一緒に育ってきた。 「志摩。帰りに花を買ってこよう。ベランダで育てよう」 「俺は、薬草がいい」  慧一は空き地で、ハーブを育てていた。でも、ハーブの隙間から、かなり強い毒草も見えていた。 「……薬草は、ホームセンターで売っていません」  慧一は、通販で買い物をしている時もある。でも、志摩はその通販ですらしない。 「志摩、欲しいものがあったら言ってね。陶芸の道具も、俺は揃えるからね」  志摩は、陶芸がしたいと言っていた。俺は、志摩の夢ならば叶えたいと思う。 「あ、時間だ。大学に行ってくる!」  リュックを持って通路に出ると、非常階段を駆け下りる。エレベータを待つよりも、走った方が早い。二階で通路に出ると、すぐに駅の改札が見えてくる。駅ビルと、駅は一階と二階が繋がっていた。  人混みの中を走りながら、電車に飛び乗ると、大学のある駅に降りた。  大学の門を過ぎる瞬間、後ろから誰かが走って来た。 「上月!おはよう!」  走って来たのは五十鈴(いすず)で、同じ薬学部の生徒であった。 「おはよう。五十鈴」  五十鈴は、薬局の息子で、地元に住んでいた。五十鈴は、俺にバイトを紹介してくれたり、あれこれアドバイスをしてくれる、貴重な友人であった。 「上月。今日も可愛い!そこら辺の女子の数倍は可愛いうえに、最近、更に可愛い」  これは、五十鈴のいつもの挨拶であった。  でも、五十鈴が早く来ているというのは、何か理由があるのだろう。いつも五十鈴は、講義が始まる寸前にしか来ない。 「五十鈴、どうしたの?」  五十鈴は、困ったように俺から目を逸らしていた。 「俺には妹がいるだろう?」  五十鈴には、妹が二人いると聞いていた。確か一人は大学生で、もう一人は高校二年生であった。 「愛菜(まな)の方がさ、変なものを持っていた」  講義室に到着しても、話しが続いていた。  五十鈴の妹の愛菜が持っていたのは、神袋(かみぶくろ)と呼ばれるものであった。見た目は、ノートくらいの大きさの、茶色の紙の袋で、食べ物でも入っているように見えた。
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