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自分がこれまで過ごしてきた世界と、この世界の相違は判然としていた。
それが理由で、ひどく混乱したものだ。
そんな風にして生まれ変わった俺がここまで安穏とやってこれたのは、偏(ひとえ)に偉大な母ちゃん、このグレートマザードラゴンのお陰だ。
衣食住――いや、衣はないか――の全てを面倒見てくれている訳で、ここまでうんと甘やかして育ててくれた。
“本物”の母親の顔も何も憶えていない今の俺にとって、見た目なんか一切どうでもよくなるレベルで母ちゃんなのだった。
「それじゃあ、良い子にしてるのよ」
がっつりと朝食を済ませた俺を見届けてから、マッマはまた大きく翼を広げた。
「大人しくしてるから心配ないよ、ママ」
聞き分けの良い返事をして、飛び立つの彼女を見送る。
いつものようにその世界を一巡できる翼で、天空の領域へと掻き消える。
三度、俺は陽だまりの中でうとうとするのだった。
太陽が中天に差し掛かる頃、その気配に気が付いた。
湖を取り囲む木々の合間から、誰かがこちらを注意深く窺っていた。
確認しただけでも四度ほど、ここ数日で同じような気配を感じていた。
さて、今日はどこまで近づいてくるかな。
「………………」
狸寝入りでその動向を待った。
そろりと、草の上に足を運ぶ微かな物音がする。
ゆっくりとそれが近づいてくる。
ちょっとした興味で、尻尾を振ったりしてこちらが身動ぎをしてみると、はっと息を呑む音で足が止まる。
やがて、間を置いて再開される。
その様がやけに笑いを誘う。
薄目を開けて、隠れる場所のない太陽の下、こちらに忍び足でにじり寄ってくるその姿を確認した。
それは少女だった。――人間の女の子だ。
かつての同族、性別や服装やらは違うが、少なくとも昔は俺もそんな姿形だった筈。
その“昔”が、“いつ”だったかをまるで把握できないが。
今日は大胆にも、少女はこちらと手の触れる距離まで至った。
抑えている息遣いと、それでも隠し切れない早い鼓動の音が感じられた。
この瞬間を待っていたとばかりにそっちに顔を向け、ぱっと瞼(まぶた)を開いた。
「――ひあぅっ!!」
間の抜けた声が少女の喉から漏れる。驚いた拍子で、草の上に尻餅までついていた。
俺はそんな少女をまじまじと近くから眺めた。
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