序章 さとり

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「だからね、さとりはもうちょっといろんなことに興味を持った方がいいと思うの」 隣を歩く友人に、砂原さとりはうん、と気のない返事をした。 高校生のさとりたちには禁止されている、ちょっとカラーリングの入った明るい髪の毛をポニーテールにして、かわいらしいシュシュでまとめている友人は、さとりの癖っ毛を摘まんで言った。 彼女は幼稚園に行っている頃からの付き合いで、高校生になってからも変わらずに一緒にいてくれる数少ない友人の一人であった。 積極的で明るく、誰とでも仲良くなれる友人はさとりの憧れで、彼女のようになりたい、といつも思っていた。 高校生になって、彼女の周りには人がどんどん増えていった。 だから、さとりはこの友人が自分から離れて行ってしまうものだと思っていたのだが、全くそんなことはなく、むしろ今まで以上に仲良くしてくれている。とても優しい子だ。 「興味っていっても、たとえばどんなこと?」 運動神経もそれほどなく、頭だっていいわけではない、それに趣味と言われるものも持っていないさとりには友人がさらりということがどれほど難しいのかわかっていた。 「たとえばその髪留め、いつも黒いただのピンをしているわけだけど。」 ショートカットで癖っ毛のさとりは、少しだけ長くなってきた前髪を留めるために黒いピンを愛用していた。 「色がついてたり、飾りがあったり、もっといろいろあるじゃない? 100円ショップにだってあるんだからそういうのに変えてみるとか」 「でも、どれがいいのかわからないし、目移りしちゃうし」 最近は100円で可愛いものが手に入るのだ。いろんなことに疎いさとりだってそれぐらいは知っている。 だがどうにも自分には似合わないような気がするのだ。 「それにさ、これならどっかになくしても変わりはあるし、なにより安いし」 そう言うさとりに友人ははあ、とため息をついた。 いつも自分の発言にため息をつく友人に、さとりは申し訳ない気持ちでいっぱいだった。 たまには喜ばせてあげたいのだが、根が真面目なため、喜ばすためのウソもつくことができない。 嘘が付けるほど器用でもない。 「そうね、さとりはそう言うと思った。あー、ねえじゃあさ」 友人はいいことを思いついた!といった顔でさとりに向き合う。 「今度一緒にお互いのヘアアクセサリーを選びましょうよ。 お互いに似合いそうなものをプレゼントする!どう?」 着るものにこだわるのはもちろん、小物や雑貨選びのセンスもある友人と自分とではずいぶんと差が出てしまうのでは?とさとりは思うが、楽しそうにしている友人にさとりは何も言えなくなり、無言でうなずいた。 「よかった!じゃあ今日の放課後に行きましょう! ほら、学校から2つ目の駅に大型のショッピングモールができたでしょ?そこにしようよ!ね」 都心からちょっと離れた場所にあるここにショッピングモールができたことは近隣の住民の間でかなり話題になったものだ。 食料品から家電、衣料、インテリアショップ,映画館まで入っているものだから休日はたくさんの人で賑わう。 さとりの行っている高校では大体のクラスメートがそこで洋服を買う。 さとり自身はお洒落というものがわからず、基本的に人と接することが苦手なため、店員と話さなくて済むカタログ通販やネットショップで購入する。 そもそも、平日は制服なので部屋着とちょっとしたワンピースぐらいしかさとりは持ってはいないが。 「じゃあさとり、終わったらさとりの教室に迎えに行くからね」 バイバイ、と手を振って、教室へと入っていく友人をさとりは見送った。 友人がおはよう、とクラスメートに元気よく挨拶をすると、それに応えるように沢山の人からおはよう、と同じように返ってくる。 それを聞き、さとりは隣の自身の教室へと入っていった。 そして静かに自分の机へと鞄を置く。 さとりの一日はこうして始まる。 
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