序章 さとり

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 放課後になって、さとりは自身の席で友人を待っていた。 友人はテニス部に所属しており、授業が終わると大体はすぐに部活へと行ってしまうのだが、今は中間テストを控える大事な時期で、部活は一週間前から休みになる。 さとりもテニス部に入ろうと誘われたのだが、運動神経のなさは自分が一番知っているのだ。 入ったところで万年玉拾い、レギュラーになれるはずもなく高校生活が終わることは目に見えてわかっていた。 学校内では部活に入ることを推奨されているが、さとりはどの部活にも所属してはいない。 早く帰って家でゆっくりしていることがさとりには一番幸せだった。 「お待たせ、さとり」 友人がさとりの教室のドアからひょっと顔を覗かせた。 朝見たときより唇が艶やかになっていた。 「ショッピングモールなんてところに行くんだからちょっとはおめかししないとね」 「どの学校もテストが近いんだから、学生は少ないんじゃないの?」 さとりの発言に面白くなさそうに口をとがらせる友人に、ああ、またやってしまった、と さとりは後悔するのだ。 「そうかもしれないけど~~、でも私たちみたいなのもいるかもしれないでしょ?」 友人に言われて、まあたしかにそういう人もいるだろうな、とさとりは素直にうなずく。 それに気をよくした友人がにっこりと笑ってさとりの腕を引いた。 「さあ、青春の時間は短いの!早く行きましょう!」 駆け出すように教室を出ていく友人の手に縋る様に、さとりも一緒に教室を出た。 大型ショッピングモールは平日だというのに人で溢れ返っていた。 まだオープンして間もなく、各店舗でも開店セールなどというものを催している。 都会にしかないパンケーキのお店には、連日人が並んでおり、その列は一日中途切れることはないらしい。 さとり自身も甘いものは嫌いではないので、いつか食べてみたいと思っていた。 「じゃあさとり、ここで待ち合わせましょう。一時間後にここで待ってるからね」 一階にあるオブジェの前で友人と別れたさとりは側に置いてあったモール内の地図を手に取った。女性ものは2階の東側に集中しており、その辺りを見ていればなにかしら見つかるだろう。さとりは重い腰を上げて目的地へと歩きはじめた。 新しいだけあってモール内はとてもきれいだった。 海外で有名な建築家が設計したらしく、光と風をふんだんに取り入れる作りになっているらしい。 確かに外からの光が入ってきているので、照明はつけなくても大丈夫なくらいに明るい。 どんな構造かはわからないが、光の熱さも感じない。 いたる場所にぽつぽつおかれたソファには人が座っており、本を読んだり家族でしゃべっていたりと思い思いの時間を過ごしていた。 さとりは大勢の中で一人でいるといつも思い出してしまうことがあった。 数年前に亡くなった母のことを。 「やりたいことを見つけなさい」 母は口癖のように言っていた。 やりたいことって?とさとりが聞くと母は笑って、さとりが何がすきなの?と聞いてきた。 さとりは昔からやりたいことや好きなことが見つからない子だった。 母のことも父のことも大好きだし、友達のことももちろん好きだ。 祖父母もさとりのことを可愛がってくれるのでさとりもよく懐いていた。 だが、やりたいことは見つからなかった。 さとりの母は昔看護師をしていた。 父と結婚して、そのあと具合が悪くなってしまったため、看護師をやめて専業主婦になった。 もし、具合が悪くならなかったらそのまま仕事を続けていただろう。 母の働いている姿をさとりは一度だけ見ていた。 いわゆる看護師師長だった母は誰よりも手際よく病院内のことをしていたことをさとりは覚えている。 その姿が子供ながらに恰好よくて、さとり自身も看護師になりたいと思ったぐらいだ。 しかし看護婦という職業の大変さや能力の高さを見て、さとりは自分には向かないなと そうそうに答えを出してしまった。 今もその答えは間違っているとは思わない。 むしろあの時の自身の考えは英断だったと、思っている。 その後、やはりさとりはやりたいことが見つからなかった。 普通に学校に行って、普通に会社員になって、普通に結婚して、そういう当たり前のことができればいいな、とさとりは思っていた。 さとりの母は最期まで娘の心配をしていた。 人より半歩動きが遅くて少しだけお人よしの愛娘を。 命の炎をが消えるその時も、さとりのことを心配して、でもさとりなら大丈夫、と笑って旅立っていった。 さとりはその姿をいつまでも忘れることはできないだろう。 母に早くやりたいことを報告したい、雲の上でそれを待っている母を想い、今でもやりたいことを探しあぐねているのだ。 「いつか見つかるのかな、やりたいことって」 さとりは少しだけ考えて、今は友人のためにヘアアクセサリーを探すために歩みを速めた。
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