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第1章 ジャン=アルマンス
混沌とした時代だ、と、俺は思った。
魔物という異形の者が姿を現してきてからすでに何十年か経った。
奴等がどこからきたのか、正体はなんなのか、誰も知りはしないのだが、それらは人々に混乱と破滅を運んできたのだ。
魔物は自身達以外のものを憎み、敵と判断し攻撃を仕掛けてきた。
誰からともなく声が上がる。
「あいつらは敵だ。我々の生活を脅かすものだ」と。
それからは早かった。
人間は一斉に武器を手に取り,博学で武器の扱いに長けているエルフ族、武具の製作や鉱石に詳しいドワーフ族、沢山の種族を味方につけ、魔物を屠っていった。
そしてなにより、騎士団の存在は大きかった。
統率力と軍事力で他の種族を率い、魔物を殲滅していったのだ。
有用な国にはたくさんの騎士団員が配属され、魔物が多く出る場所には騎士団の中でも精鋭と呼ばれるものが赴いた。
やがて数は少なくなり魔物は次第に勢力をそがれ、人々の前に現れなくなった。
だがそれらは確実に存在し、いつか崩れた勢力を元に戻し、人間たち復讐しようと力を溜めていった。
俺達が住んでいるこの村にも、魔物は現れた。
育てていた農作物は炎で焼かれ、家は崩され、俺の目の前で人はどんどん殺されていった。
人が焼かれているあの匂いは今でも忘れないだろう。
あの日は大人たちが城下町へ農作物を売りに行く日だった。
村には老人と子供、数名の大人が残っていただけで、村の中はいつもより静かだったのだ。
それが破られたのは正午になってすぐ。
見張り番の「魔物だ!!」という声に、俺は慌てて家の外に出ていった記憶がある。
村の入り口の方から火の手があがり、周りの木にも引火していった。
家には祖母のアンナしかいなかった。いつもは穏やかな表情で笑っているアンナの顔は顔面蒼白だった。
アンナの手をひいて、村の集会所に向かう支度をした。
集会所にはなにかあったときの避難場所として定められていたため、
みんなそこに向かって走っていた。
家からは走って10分くらいの場所だったが、高齢なアンナはすでに辛そうだった。
「ばあちゃん、大丈夫か?」
「ああ、ジャンごめんね。息が…」
アンナは小柄な体躯をしており、最近は畑に出ることも辛そうだった。
小さかった俺は彼女をおぶって走ることができなかった。
それでも必死に、早く集会所へとアンナの手を引いていると案の定、魔物は俺たちの方へ向かってきた。
あいつらだって何も考えていないわけじゃあない。
今となっては分かるが、魔物はアンナを狙ったのではなく子供で非力な俺を狙ったのだ。
いずれ大きくなり、自分たちの脅威になるかもしれない子供を。
ああ、もう駄目だ、そう思ったとき、目の前に立ちふさがる大きな背中をみた。
ー聖騎士ー
青く澄んだマントを翻し、軽々と魔物を剣で薙ぎ払うその姿に俺の体は歓喜で震えた。
こんなにも辺鄙な村にまで来てくれたのか、と自身の涙で濡れる頬を拭おうともせず、いや、あまりにも感動して拭う暇がなかったのかもしれない、その顔で聖騎士を見た。
「ありがとう、助けてくれて」
と、その時に言える精いっぱいのお礼を聖騎士にと伝えた。
アンナは手を合わせてお礼を言っていた。
そんな俺達に聖騎士は「無事でよかった」と微笑み頭を撫でてくれた。
魔物を屠ったとは思えないぐらいに優しい手つきで。
聖騎士を称える声が聞こえる。
こんな絶望の中、彼らが来ただけで希望が生まれたのだ。
俺はこのときから聖騎士という職業に特別な感情を抱いたのだ。
その後、俺自身や身内は生き残ったが、村人の半数は亡くなった。
村には甚大な被害が残ったが、大半の大人たちが村を出ていたことは唯一の幸運だったのかもしれない。
復旧作業は迅速に行われ村が襲われる前の姿に戻るのに時間はかからなかった。
復興していく村の姿をみた、その時の言い知れない感情を俺は一生忘れないだろう。
今は焼け残った建物はすべて壊され、新しい家が立ち並ぶ美しい村になったが、それでも人々の心の傷は癒えることはない。
俺はその日からこの場所を自然と守りたいと考えた。
人も村も、それこそ両の手から零れ落ちてしまうぐらい沢山の大切なものを、すべてを守って、そして魔物をこの世から殲滅したいと強く願っていた。
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