第1章 ジャン=アルマンス

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 「弓部隊構え!!」 後方の弓部隊がぎりり、と弓をしならせる音が聞こえる。 戦闘の最中でも確かに聞こえるその音に集中力が高まっていくのことが感じられる。 弓部隊の息がそろったのを見計らい、次の命令を発令する。 「放て!!」 放物線を描きながら矢の雨は降り注いでいく。 風を切る音が止み、俺は剣を握り直した。 「構え!!」 剣を構えると、革の鎧がこすれる音がする。 一つ一つの音が戦闘へと構成される準備となる。 止まることはできない。 終息を告げる音がなるまで、それは着実に進んで行くのだ。 息を吸い込み俺自身が出せる最大の声量で叫んだ。 「前進!!」 一斉に走り出し相手へと切り込む。 そして、 「よし!やめ!」 その声に一同の動きがとまった。 「訓練はそこまでだ!各自矢の回収!及び対象物の回収をして訓練所に戻るように!」 ひときわ体格のいい男が叫ぶと各々が武器をしまい、回収し始めた。 同じように藁でできた敵兵に真似た人型のものを回収しに向かう。 藁にはたくさんの矢が刺さっており、俺はそれを一本一本抜き弓兵へと渡した。 「ジャン!なかなか号令がうまくなったな!」 俺の背中を遠慮なく叩くのは騎士見習いを取り纏めている団長のグレン=カゴール。 見た目は厳つく大男だが話が分かる大人で俺達は彼の事を信頼していた。 「団長、なんですかそれは。号令がうまくなったところでなんかいいことあるんですか?」 はっきり言って俺には迷惑でしかなかった。 周りの、全員の息が揃ってきた、丁度いいタイミングで号令を出してくれと隊長に頼まれたから仕方なく俺はその役割を何回もこなしてきた。 だからだろうか、今では『号令はジャンに』というよくわからない格言までできてしまったのだ。 「隊長がなんで俺を指名したのかわかりましたよ。要は体のいい号令係がほしかっただけなんですよね」 俺がそういうと団長は笑った。 「ああ!その通りだよ! 俺の目に狂いはなかったな~ジャンよ!」 そんな団長の言葉に応えるように今まで黙々と矢を拾っていたアルベルトがこちらを向いて笑った。 「団長の目は確かですよ。 ジャンの声はよく通るしバカでかい。いつも煩くてよくしゃべってるから誰でも一度は聞いたことある声ですからね。すぐに仲間だと分かる」 澄んだ空の色をした瞳を輝かせて、アルベルトは俺の肩を叩いた。 「なんだよ、アルベルト。お前も団長の肩をもつのか?」 一言も二言も多いアルベルトを恨めしそうに見てやると、奴はいたずらっぽい笑みを浮かべた。 その顔も美しく、そういえばこの前、パン屋の女の子に綺麗なペンダントを手渡されていたよな、と思い出した。 しかしそれは思い人には届かず、彼女は頬を濡らし店の中に入っていったのを見ていた。 結構かわいい子だったのにもったいないな。なんて言って断ったんだ?と俺が尋ねると 「興味が全くないので付き合うことはできない」と言い放ったそうだ。 アルベルトは肩を竦め、仕方ないだろう?と返したのだ。でも俺はやはり勿体ないと思った。 アルベルトという男はいつだってそうなのだ。 大層モテる癖に、それこそ異性、同性関係なく、だが本人は涼しい顔でその誘いを断るのだ。 とりあえず付き合ってみたらどうだろうか。と俺が言うと、それは相手に失礼だろう?と正論の延べる。 付き合ってみないと分からないことがたくさんあるのだから一応でも付き合ってみることをお勧めしているのだが。 まあ、しかし、アルベルトの性格上それはできないだろうというのは俺でもわかっているから何とも言えない。 幼馴染の色眼鏡でみてもおつりがくるぐらいの美貌を誇るアルベルト、自分なら美女も美青年も片っ端から付き合ってみるだろうなあ、とよく想像していたものだった。 「ほらジャン、早くしろ。昼飯がなくなるぞ」 昼飯と言う単語に俺は反応した。 確か今日はホロホロ鳥のクリームソース煮だったはずだ。 一カ月に一回、あれが食堂に出るときはお代わりするやつが後を絶たない。 ちょっとでも遅れるとメイン料理がなくなってしまう。 「よし、急ぐぞアルベルト」 騎士団領に入って見習い騎士として動き始めてから2年がたった。 はじめては筋肉痛で身体の節々が痛み、基本動作さえままならない状態で訓練を受けていた俺達だが、最近では滅多に筋肉痛になることはなくなった。 身体も2年前とはくらべものにならないぐらい発達し、剣の腕も鍛えられた。 今の姿を祖父に早く見せてあげたいと常日頃思っていたのだが見習いということでなかなか実家には帰れずにいた。 幾ばくかのコインを手紙と一緒にリチャードに送ってはいるのだが、手紙に書ききれないこともたくさんある。 早く見習いを卒業してリチャードや村に恩返しがしたい。 「これで最後かな」 荷車に藁ぶきで作られた的を乗せ、いざ宿舎に行こうとしたとき、ふと東の空が光ったのを感じた。 こんな天気のいい日に雷鳴?と思い光を確認しようと空を仰ぎ見ると、相変わらず澄み切った青空が広がっていた。 「ジャンどうしたんだ?なにかあったか?」 まさかとは思うが敵襲ということも考えられる。 なぜだか俺は胸騒ぎを覚えた。 「すまんアルベルト。先に行っててくれ。馬を借りるぞ! 「おいジャン!」 アルベルトの声を背中で聞き、俺は走り出した。 騎士団には騎士や見習い騎士たちが使用する演習場はある。 演習場は加護の力が働いていて、敵襲とは考えずらいが、万が一ということがないこともない。 なにもなかったらなにもなかったでいいのだ。むしろ自分の杞憂ですめばいいと思っていた。 逸る心を抑え、広い草原をひたすら走った。 久しぶりに胸が高鳴った。 そしてその感情とは裏腹になにかうすら寒いものも感じ腕を擦る。 良いことと悪いことが起きているような、こう、不思議な感覚だった。 と、その時突然馬がとまった。 「っと!おいおいどうしたんだよ」 馬はその場から動こうとせず仕方なく馬から降りることにした。 その瞬間、俺はその場に固まった。 いや、俺でなくても固まる。だってそこには見慣れない服をきた女の子が倒れていたのだから。 年は俺と同じか下、まだ十台であろう女の子が演習場で倒れていたのだ。 騎士団見習いである俺達とは全く違う洋服を着ているのだから驚きだ。 何度でもいうが、この演習場には騎士団関係者以外は入ってこれない。 生きているのか? 咄嗟に頸動脈に指をあてると、トクトクと動いている音がした。 とりあえず生きてはいる、が。 「おいジャン、どうしたんだ?ってその子は?」 ついてきてくれたアルベルトは目を丸くして驚いていた。 「俺もわからない。この子が気が付いてくれるまでは何でここに倒れているのかわからない」 さて、どうしようか。 アルベルトに目配せすると、彼は仕方ない、といったふうに少女を横抱きにした。 「生きているならここに放っておくことはできないだろう?」 手伝ってくれと、俺にいい、アルベルトは馬に乗った。 アルベルトの腕の中、微動だにしない少女に俺はため息をついた。 そんな俺にアルベルトは笑った。 「さすがジャンだな。女の子へのアンテナはいつでも正常運転だ」  これが俺達とサトリの邂逅。はじまりの始め。
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