第2章 始まりのはじめ

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第2章 始まりのはじめ

  戻ってくる意識を手繰り寄せ、さとりはゆっくりと目を開けた。 見慣れない天井が広がり、部屋の中は柔らかな光が差し込んでいる。 窓が開いているのだろう、カーテンは緩やかに波打ち、外から入ってくる風が優しくさとりの頬を撫ぜた。 さとりはゆっくりと起き上がり、室内を見回した。 「ここ、どこ?」 間違ってもショッピングモールではないし、自分の部屋でもない。 さとりの寝ているベッドの隣には同じようなベッドが置いてあり、 清潔感のある白いシーツが皺ひとつなくかかっていた。 目の前には2つづつ、こちらも同じデザインの机とチェストが置いてあり、机の上には本やペンなどが置かれていた。 明らかに2人が住んでいるような部屋だった。 「誰の、部屋?」 ショッピングモールにあったアクセサリー屋からペンダントを受け取ったところまでは覚えている。 そのペンダントから光があふれだして自身を包み込んだことも。 そういえば、と、さとりは自分の手にあるがはずのペンダントがないことに気づいた。 周りを見てもどこにも落ちていない。 「確かに掴んだと思ったんだけど」 硬い石の感触は確かにあったのだ。だがその感触はとうに手から消え失せていた。 とにかくここがどこなのか、さとりはベッドから出て、脇に置いてあった自分の靴を履き部屋から出るべくドアノブを回した。 「うわっ!」 「へ?」 ノブを回したとたん引かれるドアに、さとりはバランスを崩し倒れそうになった。 次にくるだろう衝撃に備え、さとりは身を固くしたのだが、その身体はドアをひいた人物によって支えられたのだ。 「おっと、大丈夫か?」 声の主から離れるように、慌てて後ろに飛びのくさとりに相手は苦笑して、そんなに嫌がらなくても、と言いながら部屋の中へ入ってきた。 「あんた覚えてる?演習場で倒れてたんだぜ?」 茶色い癖のある髪の毛を揺らし、楽しそうに笑う青年にさとりは目を丸くした。 年はさとりと同じか少し上だろうか。 しかし演習場とはいったいどこのことだろうか? さとりが何も言わないのを不思議に思った青年が首を傾げる。 「うん?言葉わかるか?」 青年の言葉に必死にうなずくさとりに青年はよしよし、と手に持っていたものを手渡した。 「腹すいてるんじゃないかって、皮ごといけるから食べてみろ」 たしかに、学校からショッピングモールに行って、まだなにも食べていない。 朝ごはんからかなり時間がたっている。 お昼は一緒に食べようね、と言っていた友人が脳裏に浮かんだ。 「あり…がとう」 さとりがお礼を言うと青年は嬉しそうに笑った。 先ほどいたベッドに腰かけ、さとりは青年のくれたものに口をつけた。 その様子に青年は少しだけ驚いた様子をみせた。それもつかの間、 青年は隣のベッドに座り自身も同じものを食べた。 「それ食べてからでいいから話聞かせてくれよ。 あんたを勝手にここに連れてきたことは、まだ団長に報告してないんだから」 団長?と、聞きなれない単語を聞いたさとりは首を傾げるが、今は目の前の果物らしきものを食べることにした。 そうとう喉が渇いていたらしく、さとりは息をつく暇もなくそれを食んだ。 瑞瑞しくとても甘い、桃のような食べ物に、さとりは頬を緩ませた。 「うまいだろ、それ。モルの実っていうんだ。ま、ゆっくり食べてくれ」 青年はそういうと、黙々とモルの実を食べだした。 目の前に座る青年の顔をさとりはこっそりと盗み見た。 短い鳶色の髪の毛はぼさぼさで、着ている物も古着らしくところどころ破けていた。 だが端正で精悍な顔つきの青年にさとりは驚いた。 さとりの視線に気づいているだろうが、青年は気づいていないようにモルの実を食べていた。 すっかりモルの実を食べ終えたころ、さとりに布を差し出した。 手をふくために用意してくれたようで水にぬれていた。 「ありがとうございます。すごくおいしかったです」 「ああ、それはよかった」と、 途端、青年の雰囲気が変わった。 見透かすような瞳に、さとりはびくりと肩を揺らした。 「で、あんたはいったい何者だ?」 真っ直ぐ射す様な視線に、さとりは目を逸らせなかった。 今ここで逸らしてしまったら、きっと何も信じてもらえない。 さとりは信じてもらえないと思います、と前置きをして、自身のことを話始めた。 彼はさとりの話を黙って聞いていた。 はじめは驚いたような顔をしていたが、次第にその瞳をキラキラと輝かせはじめた。 「えと、以上です」 さとりが話終わると、青年は満足したかのように口角を上げた。 「なるほどな。あんたはこの世界とは違う場所から来たんだな」 青年の言葉に、さとりは頷く。 彼は信じてくれたが、自分はまだこの状況を呑み込めていない。 なによりここが自分のいた世界とは違う場所だということがさとりには信じられないのだ。 「さて、どうしようかな」 自分はどうなるのだろうか、本当に異世界だとしたらどうやって帰れば いいのだろう、いや、むしろ帰れるのだろうか。 さとりは不安しかなかった。 さとりのそんな顔をみて、青年は軽く笑った。 1aabbca3-1a05-4d05-a0cb-d21c52df4671 「そんな不安そうな顔するなって。俺だけじゃ解決できない問題だ。 それとあと一人、信頼のおけるやつがいるんだけど」 青年の言葉にさとりは首を傾げた。 その時、部屋の扉を数回叩く音がした。 「入るぞ、ジャン」 「ああ」 短く返事をした青年、ジャンはベッドから立ち上がりドアに近づき、 入ってきた青年の肩を叩いた。 「アルベルトありがとうな」 「ああ、訓練で使ったものは全部片づけておいた。 矢の本数が少なくなってきたから発注もしておいたぞ」 義務的に話す青年にジャンはわかった、と返す。 「で、そちらのお嬢さんは何者かわかったのか?」 「ああ、すっごいぜ、アルベルト」 先ほどさとりが話したことをアルベルトに話し始めるジャンは本当に楽しそうだった。 その話を聞いていたアルベルトの秀麗な顔は訝し気なものへと変わっていき、終ぞ瞳が輝くことはなかった。 「ジャン、その話全部信じたわけじゃないよな?」 さとりはアルベルトのその発言に内心同意した。 もしこんな話をされたら、さとりはアルベルトのような顔をするだろう。 「なんで?アルベルトは信じないのか?この子が嘘をつくような子に見えるのか?」 不思議そうに言うジャンにアルベルトもさとりもため息をついた。 きっと、同じようなことを思っているであろう金髪の青年のほうを見てみると、 彼も難しい顔をしていた。 「あの、私嘘はついていないんですけど、信じてくれなくてもいいですからね。私自身、未だによくわかってなくて」 さとりの言葉にアルベルトは長く息を吐いた。 「いや、君のことは信じていないわけではないんだ。でも突然異世界からきました。って言われても、はい、そうですか、って言えるわけないよ」 当然だろう。と、さとりは頷いた。 「はい、それで十分です。私だってそうだと思います」 「でもなあアルベルト。この子の話が本当ならこれからどうするんだ? この世界のことも知らないのに外に放っていいのか?あっという間に死んでしまうぞ?」 アルベルトは俯く。さすがにそんなことはできないのだろう。 「そうだな。信じる信じないっていう話は建設的じゃなかった。 これからどうするかっていう話をするべきだな」 さとりは一気に不安になった。 彼らの話を聞いている限り、ここは外に放っておかれると死んでしまう恐れがあるという。 やはりここは自分の知っている世界ではないのだろう、とさとりは感じていた。 「あの、ご面倒かけられないので、警察に電話していただければ保護してもらいます」 さとりの言葉に2人は首を傾げた。 「ケイサツ?なんだそれ?」 「ケイサツという言葉はわからないけど、むしろ保護するという立場なら俺たちが適任だと思うけどね」 警察という単語を知らない2人にさとりは驚いた。 「まずは団長に相談しよう。もちろん異世界から来たってことは俺たちだけの秘密だ。いいな?」 アルベルトの言葉にジャンもさとりも頷き同意する。 さすがに怪しすぎる。 へたすれば牢獄にいれられて一生そこで過ごすことになるかもしれない。 「こんな世の中だ。戦争孤児はたくさんいる。 ……よし、流れはこうだ。 昨日遠征に行ったときに怪我をしている女の子を見つけて保護。 記憶を一部失っていて名前しか思い出せない。錯乱している女の子を独りにできず、報告も遅れてしまった。この騎士団におけないか。 ……これでなんとしても団長に頼み込む」 アルベルトの作戦にジャンはわかった、と同意した。 「ありがとう、ございます」 さとりは泣きそうになった。全くの見ず知らずの人間にこんなにしてくれるなんて 思ってもみなかったのだから。 「いいって。団長はいい人だ。きっと助けになってくれる。しっかりな」 背中を勇気づけるように叩くジャンにさとりは笑った。 「そうそう、女の子には笑顔が一番だ」 ジャンもつられるように笑った。 その様子をみてアルベルトもため息をつきながらも口角を上げるのだった。 「あの、私さとりです。砂原さとり。よろしくお願いします」 どんなときでも挨拶は大事だ、と母から言われていたことを思い出してさとりはお辞儀をした。 「スナハラサトリか、スナハラは名前か?俺たちの名前の順番とは違うのかな?」 「あ、サトリが名前です。サトリ=スナハラです」 「わかった。サトリな!俺はジャン=アルマンス。で、こっちは」 「アルベルト=カルシュトルクだ。よろしくね」 順番に握手をしていくサトリはそういえば、と聞いてみることにした。 「ペンダント知りませんか?青いペンダントトップがついてて真鍮っぽい鎖のペンダントなんですけど」 「ペンダント?いや、俺がサトリを見つけたとき周りにはなにもなかったけどな。サトリの手にも首にもかかってなかったぞ?」 その言葉を聞いてサトリは肩を落とした。 意外にもサトリはそのペンダントを気に入っていたのだ。 「演習場に落としたのならそのうちだれかが見つけてくれると思う。後で見に行こう」 アルベルトの言葉にサトリは頷いた。 「じゃあ行こう。……その前に」 アルベルトはキャビネットの前まで歩いて行き、何枚か洋服を取り出した。 「その恰好じゃ怪しんでくださいと言っているようなもんだよ。俺のお古で悪いけど、これに着替えて」 廊下で待ってるから、とサトリは一人部屋に取り残された。 ベッドの上に置かれた洋服を見て、サトリは改めて自分の置かれている状況に気持ちが落ちこむのを感じた。 だが、 もうすでに話は進んでいるのだ。 「よし」 サトリは制服のリボンに手をかけ、口を堅く結んだ。
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