第8章 失いし故郷と司祭の復活

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 「竜っていうのは本当に便利だな」 アルシェの言葉にレミエルは苦笑する。 「のんびり見てるなよ。サトリとユーリは地上の魔物を一掃したら俺の方に合流する。そっちは任せたぞ」 アルシェの肩を叩き、レミエルはアルモスを連れて走り出した。 上空をみると竜に姿を変えたユーリが炎を吐き出し、魔物たちを消し炭へと変えていく。 魔物が矢を射るも、ユーリが大きく羽ばたけばその矢は自分たちへと降り注ぐのだ。 しかも竜には魔法が効かない。 地上からの攻撃はほとんど意味をなさない。 「空騎士の連中を『無敵の城塞』と例えているのも、これをみたらわかるな」 敵に回すと恐ろしい竜だが、今、その指揮をしているのはひとりの少女だ。 「まったく、末恐ろしいな」 アルシェは笑い、あたりが静かになった頃合いをみて教会のあるに向かって走り出した。 キリトとルカも一度サトリたちを確認し、アルシェの後を追った。  サトリとユーリが外の魔物を一掃してからラミエル達と合流したのは30分後ぐらいだった。 アルモスは素晴らしい戦果をあげた2人を優しく迎え、抱擁する。 それを2人は嬉しそうに享受するのだった。 「よくやったな、サトリ、ユーリ」 「わたしはユーリの背中に乗っていただけで。すごいのはユーリですよ」 サトリの謙遜にユーリは首を横に振った。 「俺がすごいのはサトリあってのものだからな。そこ勘違いするなよ」 竜人族は背中に乗る相棒との絆によって強くも弱くもなる。 ユーリの言っていることは至極当然の事なのだ。 「そうだな。2人で上げた戦果だ。誇っていいぞ、サトリ」 嬉しそうに頷くサトリにレミエルも笑った。 「それにしてもさすがですよね。レミエルさんとアルモスさん、ほとんど内部の魔物倒してません?」 聖騎士長と元英雄、彼らの前にはどんなに魔物が束になって掛かってきても勝てないだろう。 「本調子じゃないが、これぐらいならいつでも手を貸す」 アルモスがそう言うと、それは助かるとレミエルが苦笑した。 「聖騎士として雇いたいぐらいだ」 アルモスのような人間がきてくれたら騎士団にとってかなりの戦力になるだろう。 だが、アルモスは肩をすくめ、それは断ると言ったのだ。 「俺は誰の下にもつかないよ。 ……まぁ、でも」 アルモスはサトリたちの方を見て笑った。 「サトリとユーリの下になら付いてもいいかもな」 驚くサトリたちにアルモスは静かに笑った。 レミエルは1人冷静に頷き、 「なるほど サトリ、1人部下が欲しくないか?」と言うのだ。 サトリは可哀想になるほど動揺して、滅相もない!とそれを拒否した。 「いいと思うんだがな」 「俺も異議はないのだが……、サトリ、いつでもお前の下につくから言ってくれ」 真面目な顔でそんなことを言う大人に2人にサトリとユーリは顔を見合わせて溜め息をつくのだった。 「もう、早く行きましょう!お二人が強いのは分かりましたが、まだまだ魔物はいますよ」 「そーだよおっさん達。俺たちだけに仕事させるなよな」 歩き出すサトリとユーリにレミエルたちは肩をすくめその後に着いていくのだった。  内部の魔物も大方倒した頃だろうか、サトリたちはある部屋にいた。 「大分荒らされているけど、元々は宝物庫だろうなこの部屋は」 キャビネットの引き出しは全て開けられており、中はすでに空だった。 煌びやかなドレスは引き裂かれや調度品などは粉々に砕かれていた。 「ひどいな……」 アルモスが辺りを見渡し呟く。 無事に残っているものは何一つなかった。 「これは」 サトリが見上げたその先に、王冠を被り、品のいい洋服を着た1人の男性の肖像画が残されていた。 肖像画は所々破かれ引き裂かれており、特に顔のあたりが酷い有様でどのような風貌をしているのかはわからない。 「その方はおそらくこの城の王だろうな」 「キリトのお父さんですか?」 サトリの隣に並んだレミエルは多分な、とサトリに言った。 「何度かこの城には来たことがある。王は暖かく人々に好かれるお方だったよ。こんなことになるなんて……」 頭を垂れしばらくの間亡き王に黙祷を捧げたレミエルにサトリも倣った。 「……ここにはもうなにもない。次に行こう」 レミエルが踵を返し扉に向かって動き出す。 サトリはそれを追うように歩き出した。 が、 「なんだろうこれ」 肖像画の下、壁のあたりに小さな模様が描かれていた。 誰かの落書きだろうか? サトリがその模様に触れると、その瞬間、サトリの姿はその場から消えた。 いつまで経っても部屋から出てこないサトリを心配したユーリは宝物庫へと戻るがそこには誰もいなかった。 「サトリ……?」 ユーリが真っ青な顔でレミエルとアルモスの元に走る。 ユーリの報告を聞いて全員が宝物庫を探すが、サトリの姿はおろか、気配もなにも残ってはいなかった。 サトリは消えてしまった。 「え?」 サトリは今自分の居る状況に呆然とした。 先程まで宝物庫にいたのになぜか全く別の部屋にいたのだ。 広い部屋の中に石でできた祭壇のようなものがあり、その上に一冊の本が置いてあった。 窓の一切ない部屋であったが、術が施されているのだろうか、等間隔に明かりが灯されていた。風がどこからか流れてきており、空気は清浄であった。 サトリは祭壇に近寄り、本を眺めた。 表紙にはなにも書いておらず、内容は見ただけではわからない。 「『破滅の書』?なんだろう」 しかし、なぜかサトリにはその書物の表紙の文字が浮かび上がりそう読めたような気がした。 警戒心はあったが、サトリは手を伸ばし本を捲ろうとした。しかし、本は石のように固く、頁を捲ることはできなかった。 「なにかやり方があるのかも」 サトリが本から手を離し、元いた場所へと戻ろうとした時、背後から気配を感じた。 「!!」 剣を抜き、振り向くとそこには懐かしい人の姿があった。 「リアさん!!」 長いローブから覗く真紅の瞳がゆっくりと動き、サトリを捉える。 「久しぶりだね、サトリ」 リアは目を細め、サトリを見た。 「なんでこんなところに?! そんなことよりいつこの部屋に入ってきたんですか?」 リアはいたずらが成功した子供のような表情で内緒、と言った。 「いつもサトリは忙しそうだねー。ちゃんと休んでいるかい?」 「はい、あの、今は遠征中で、この城の奪還の最中です」 「なーにそれ!随分楽しそうなことしてるんだね。詳しく聞いてもいい?」 サトリは今までの経緯をリアに説明した。 「いや、すごいね。ただの遠征だったのにねー。サトリは働き者だ」 「この計画には城主であるキリトと司祭の息子であるルカの力が必要みたいなんです。 丁度条件も揃ってるからもしかしたら城の奪還もできるんじゃないかなーと」 「うん、いいタイミングだったと思う。それにアルモスの存在」 「リアさんお知り合いですよね?びっくりしました、あんな寂しい場所に捕まっているなんて」 「あいつは色々諦めてしまってたんだよ。ねぇ、サトリ、ありがとうね。あいつを助けてくれて」 リアの素直な感謝の言葉に、サトリは首をすくめた。 「結局アルモスさんに手伝ってもらうことになっちゃって。申し訳ないです」 サトリの言葉にリアは笑った。 「大いに使ってやってよ!あいつ頑丈だからサトリの盾になってくれるよ」 「それアルモスさんにも言われました。私の盾になるぐらいできる、って。ありがたいんですけどもっと自分を大事にして欲しいです」 「うん、そうだよね、ほんとうにそう」 リアは目を細めてサトリの言葉を聞いていた。 「ところでリアさんはなんでここに?」 サトリの問いにリアは祭壇に置いてある書物を指差した。 「あれをね、見にきたんだ」 「あれ?『破滅の書』ですか?」 「やっぱりサトリは読めるのか。……中身は見たかい?」 読める、というリアの言葉に多少ひっかかりを覚えたサトリだったが、中身は開かなかったと答えた 「まだその時じゃなかったか。なるほど」 納得したようにリアは頷いたあと、サトリと目を合わせた。 「リアさん、この本ってなんですか?」 「これはね、『戦書』といわれる本の一つだよ」 「一つ?」 「ほかには『福音の書』『召喚の書』、そして今ここにある『破滅の書』、この三つの書物を総称して『戦書』と呼ぶんだ」 「一つ一つの書物に意味があるんですか?」 「そうだね、特に『破滅の書』は全てが終わる時に読むことができる本なんだよ』 だから今読めなくてよかったんだ、とリアは笑った。 「全てが終わる? 「サトリ、この書物の存在を覚えておいて。機がきたらこの書物が必要になる時がくる」 「必要に?……わかりました。あの、これって他の人に話しても大丈夫ですか?」 少し考えたあと、リアは頷く。 「今いるメンバーなら大丈夫。サトリの信頼出来る人だけなら。でも騎士団内では話さないようにね。あまり公にするものではないから」 「わかりました。 あの」 「どうしたの?」 「リアさんも手伝ってもらえませんか?あなたがいたら心強い」 「サトリのせっかくのお誘いだけど、君達だけで大丈夫。ぼくはやることがあるから」 ごめんね、サトリと申し訳なさそうに言うリアにサトリは首を振った。 「いえ、不躾なお願いをしてしまってごめんなさい。今度お互い忙しくない時にお茶しませんか?わたしの大好きなお茶、リアさんに飲んでもらいたいので」 「もちろん!その時を楽しみにしてるよ。気をつけてねサトリ。きっとこの任務はうまくいく。俺がおまじないをかけてあげよう」 リアはさとりの額に軽く触れるぐらいのキスをした。 「幸運を、サトリ」 そう言い、リアは指をパチンと鳴らした。 「あれ?」 気付くとサトリは元々いた宝物庫に戻ってきていた。 「サトリ!無事か?!」 突然消えたサトリをユーリとアトモスは必死に探していた。 なんせ一瞬、ほんの少し目を離しただけでその場から消えたのだ。 そして前触れもなく突然現れたサトリに目を丸くし駆け寄った。 「大丈夫、ごめんね心配かけて。この壁の模様に触ったら違う部屋に飛ばされて……」」  先ほどサトリ自身がやったように壁の模様に触る。しかし何も反応がなく、サトリは首を傾げた。 「あれ?動かない」 「この裏に部屋があるのか?」 アトモスが力を込めて壁を押すがびくともしなかった。 「なんか変な模様だな、呪いの気配もするけどいまいち正体がわかんねーやつだ」 ユーリが眉を顰めて壁を見やる。 「サトリだけが行けた、そういう呪いがかけられているんだろうな」 「そうみたいだな」 ユーリとアルモスが話している姿に、サトリは先ほどの事は全てが終わった後に話そう、と思った。 遠くからレミエルの3人を探す声が聞こえた。 サトリは今だあーでもないこーでもないと話し合う2人の腕をつかみ、レミエルの声がする方へ歩いて行った。 「なんてひどい」 教会内は荒れていて草木が生い茂っていた。 美しかったステンドグラスは割れており、 ルカはあの頃の美しかった教会の姿を思い出し愕然とした。 「思い出は美化されるというが…この惨状は…あの頃とは似ても似つかない」 呆然と呟くキリトをみて、アルシェは2人の肩を叩いた。 「昔を語るのは全てが終わってからだ。2人とも構えて」 アルシェが警戒する。 禍々しい気配が教会内に広がっていくのがわかるほどだ。 「ずいぶん変化しちまってる」 アルシェが舌打ちする。元は人間だったであろう姿は形を変えていた。 ところどころ腐敗し、肉は爛れ落ちている。 たくさんのものを吸収したであろう身体は人の3倍ほどの大きさをしており、ゴポリという音とともになにかの部分であったものが落ちていく。 「どんだけのものを取り込んだんだよ、こいつ」 魔物だけではなく、人間まで。 それは取り込んで大きくなっていた。 「お久しぶりです、坊ちゃん方。随分大きくなられて。 私を覚えておりますか?」 キリトとルカの方を向き、懐かしそうにそれは笑った。その瞬間にもぼとりぼとりと何かが落ちていく。 「俺たちを知っている?」 「前にこの城にいた誰かか?」 2人は吐き気を我慢しながらそれをみた。 「顔なんて…わからないじゃないか…」 あまりにも変容してしまっている。 キリトは昔ここにいたであろう人間を思い浮かべて絶望した。 ほとんど全員死んだのだ。あの日、炎に巻かれて。 城は守られたが、人はいなくなった。 だが、1人だけ、助かったものがいた。 「まさか、お前は俺たちを外に逃がしてくれたあの騎士か?」 「そんな…」 あの雪の日、キリトとルカを必死に外に連れ出し騎士団領まで送り届けてくれた、聖騎士である男だった。 「あの後行方がしれなくなって心配していたんだが、魔物にやられたのかと…」 「なんてお優しい坊ちゃん方!魔物にやられるなんてこと…!」 目の前の男は妖しく笑った。 「あれはすべて私が仕組んだのです」 「なんだと?!」 キリトは激昂した。 アルシェが止めなかったらすぐにでも切り掛かっていただろう。 ルカは目を見開き信じられない様子で男をみつめた。 「魔物側と手を組んだのか。聖騎士とあろうものがなにやってんだよ」 アルシェは舌打ちし、剣を男に向ける。 キリトとルカも同様に、武器を構えた。 「キリト、ルカ 準備はいいな?」 2人は頷き、アルシェの言葉を待った。 「いくぞ2人とも。堕ちた男に負けるはずがない。城にいた全てのもの達の仇をとるぞ!」 「おう!」 まず動いたのはキリトだった。 素早いから動きで相手の右腕を切り付け、アルシェの追撃により右腕は完全に切り落とされた。 しかし 「まだまだ腕なら沢山ありますよー。 ほら、どんどん攻撃してきてください」 切り落とされた腕は新たに生え替わり、それはもとの腕より巨大なものだった。 「みてください、ぼっちゃんたち。 この腕見覚えないですか?よくみてください」 「何を言って……」 瞬間、キリトは息を飲んだ。 男の腕、肉の間に沈み込んだ金色の…… 「キリトみるな!!」 ルカが瞬時にキリトの目を手のひらで塞いだ。 キリトは糸が切れた人形のようにその場に膝をつく。 「キリト大丈夫か!?」 焦るアルシェにルカが信じられないものを見たかのように目を見開く。 「あれは、あの金色の腕輪は」 「腕輪?」 ルカは躊躇いながらアルシェの方を向き頷いた。 「あの腕輪は王妃がしていたものです」 「……! 王妃、まさか」 「はい、キリトの母親です」 アルシェはキリトをみた。 かすかに震える細い体躯はなんとも頼りない。 「キリト、そこで見ていてくれ。あとは俺とルカで」 アルシェが言いかけたその時、キリトがゆっくりと目の前の男を見る。 「冗談じゃない。目の前に仇がいる。あぁ、よかったよ。誰かにお前が殺されてなくて」 ギラギラと光る瞳を男に向け、キリトは笑った。 「アルシェさん、ここからは俺がやります。ルカはこの場に祈りを」 「1人で大丈夫か?」 アルシェの問いにキリトは笑った。 「十分ですよ!」 そう言い、キリトは駆け出す。 「ルカ、精霊像の前に」 「わかりました」 ルカは壊れている精霊像の前に跪く。 「アルシェさん、祈りを捧げている間、俺は無防備になります。申し訳ありませんが……」 「任せておけ。お前はそっちに集中しろ」 アルシェはルカの周りに氷の結界を張る。 そしてルカを背に剣を構えた。 アルシェの言葉に頷き、ルカは祈りの言葉を紡いだ。 ルカの祈りに呼応するかのように精霊像は次第に輝きをとりもどしていく。 ゆっくりとゆっくりと。 それは少しづつ教会内に届いていく。 「いいぞ、ルカ。周りの魔物達の動きが鈍くなってきた」 聖なる祈りは下級の魔物達にとっては致命的だ。 ルカはさらに祈りを深くしていく。 精霊像が応えるように輝きを増していく。 魔物達は呻き声をあげ体の小さなものから倒れていった。 祈りはサトリたちのいるところまで届いていた。 「レミエルさん、これって」 「ああ、ルカの祈りがこの城を満たしているんだ。俺たちはこのまま魔物を殲滅させるぞ」 レミエルの言葉に応と答え、サトリたちは駆け出す。 次第に光は強さを増し、城の中にいる魔物たちを消滅させていった。  ルカの祈りの効果で男の再生力も失われていった。 キリトの剣戟は衰える事を知らず、ついに雌雄が決まった。 「言い残すことはないか」 キリトの剣先が男の首に突き立てられた。 男は嬉しそうに目を細めてキリトを見、ゆっくりルカにも目を向けた。 「なにもありません」 男は笑う。 キリトはそのまま男の首を切り捨てた。 「キリト、終わったんだな」 「ああ、終わった。それに」 キリトはルカの方を向き、笑った。 「これからまた始まるんだ」 ルカは涙を浮かべ、キリトを抱きしめた。 「そうだなキリト。ここからだな」 涙を流す2人の後ろ姿を、アルシェは黙って見守っていた。 やがて合流したサトリ達も大いに喜んだ。 かくして城は奪還され、元の持ち主に返されたのだった。
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