第1章

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      (一)  八岡(はちおか)文次郎は、これからお盆休みに入ろうとする日の夜中、自室で眠りについていた。  文次郎の家は旧家。母屋の他に江戸時代に作られたと伝えられる蔵があった。大学受験の際、母屋では気が散ると両親に我儘を言い、蔵の一画を改築してもらって自分の勉強部屋とした。元来蔵には明り採りの小窓しかなかったが、大きな窓がつけられた。  文次郎の部屋は一階の角、通りに面した側にある。蔵と通りの間には板塀があり、通りから文次郎の部屋の窓は見えない。  暑苦しい夜であった。文次郎は雨戸を開き、部屋の窓を少しだけ開けて風を入れていた。窓には薄地のカーテンを垂らしている。満月が南の空にかかり、夜にしてはほの明るい。  午前三時を回った頃のことである。  文次郎は窓の外で何かが落ちる音で、眼を覚ました。  (ネコかな)  はじめはそう思ったが、ネコにしては音が大きすぎる。  文次郎は確認するため、眼を擦り乍ら、布団から半分身を起こした。  カーテンが垂らしてあるので影しか見えないが、何かが動いている。  (わっ。人だ)  月明りに照らされて、それは人間のシルエットになった。  (小柄だな。ひょっとして、子供?)  しかし、子供の悪戯にしても、深夜よその家に入ってくる訳がない。  (泥棒か)  文次郎は事態を覚ると飛び起きた。  (何が狙いだ。ウチは大したものはないのに)  文次郎の父は文次郎が就職して間もなく病気で他界している。母と兄が普段は母屋で暮らしているが、今一週間の予定で旅行に出かけていて、文次郎が一人で留守を守っていた。  文次郎は僅かに開けてあった窓の隙間から、蔵の外を覗き見た。  月明りで朧気にしか見えないが、上下とも真っ黒なジャージ姿で、顔はサングラスとマスクで隠している。背中に何か背負っているのが見えるが、それが何なのかは判らない。  賊は文次郎にはまだ気付いていない。きょろきょろと母屋、庭、蔵を見回している。  (どこから入ればいいか、探しているのか)
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