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振り返る。一緒に降りたと思った女性は見当たらない。ちょうどドアが閉まるところで、エレベーターの中を確認する事は出来なかった。
「あ…私と一緒に生徒さんが降りたと思うけど」
「先生と、一緒にですか?いいえ?」
「一緒にエレベーターに乗って来たのよ。生徒さんだと思うんだけど」
「ドアが開いた時、先生、一人でしたよ」
エレベーターを見る。エレベーターは他のフロアに止まる事なく、1階へ到着した。
「今…このフロアでは止まらないってアナウンス、聞いた?」
声が震えた。
「いいえ?特に何も聞こえませんでしたけど?」
受付嬢は不思議なものを見るような視線を私に向けた。ドクンと心臓が大きく拍動した。
「あ…うん。ごめん。勘違いだったかも」
私は急いで教室へと向かった。
あなたはエレベーターのボタンを押し間違えたらどうしますか?
行きで「このフロアには止まらない」とわかったら、帰りでもう一度押すだろうか?普通は押さない。でも彼女は押したのだ。なぜ?
「ああ、あのフロアですか?ここ何年も入っていないですね」
どうにも気になって、ある日、カルチャーセンターの管理者に聞いてみた。
「先生、いきなりまたどうしたんですか?」
「あ、いえ。ちょっと気になって」
管理者は眼鏡を直し、周りを見渡して誰もいないことを確認すると声を潜めて話し始めた。
「先生、春先にウチ、1日お休みしたことあったじゃないですか」
そういえば、害虫対策とかで休みがあった。
「あれ、害虫対策じゃなくてお祓い、してたんですよ」
「は?」
「下のコールセンターが出て行ったのは自殺が出たからなんですよね」
もう5年くらい前の話なんですがと続けた。
「自殺した子。なんでも遅刻しそうで表のエレベーターを使ったところをえらく責められたみたいで。まぁ、それ以外にいろいろあったみたいですけど。ある日、下のトイレで」
足元から一気に冷たいものが全身を覆った。
「それ以来、借り手がつかなくて大家さん困ってねぇ。ウチにどうかっていうけど。ねぇ…」
言わなくてもわかるでしょとばかりに、眼鏡の間から私を見た。
「お祓いは、どうして」
「感の強い職員が出るっていうんですよ。先生、絶対言わないでくださいよね!」
それ以来、あのエレベーターを使っていない。
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