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「本当は院へ進学したいと思っている。だけど、家が貧乏なので卒業後は働こうと思って、就活はしているんだ」
裕が通っている大学は国立大学で、理系学部では大学院への進学率は七割にもなるらしい。 大学の上の学校があるなんて知らなかった。
「お金を貸してもいいよ。出世したら返してくれたらいいから」
裕の役に立ちたかった。
「一緒に住まないか? 愛美のご飯は旨いから毎日食べたい。卒業してちゃんと就職したら結婚しよう」
私たちは狭い私のアパートで同棲を始めた。裕のアパートは引き払った。
楽しい毎日だった。裕はご飯を作ってくれたりもした。私は車を買い、裕は運転免許を取った。
夏に院試を受け、裕は無事合格した。学内進学なのでたいしたことはないと言うけれど、やはりお祝いをしたい。ちょっと高めの時計を贈った。
「ありがとう。大切にするよ」
大学院の学費は年に五十万円ほど、それは奨学金で賄えた。私が出していたのは生活費と遊興費だけ。それでも多くない給料は全て使ってしまって、残っていた母の保険金に手を付けていた。裕に満足な生活を送って欲しかった。何時かは結婚できると夢を見ていた。
そして、二年が過ぎた。裕は誰もが知っている大手企業に就職が決まった。
それからあまり帰ってこなくなった。修士研究のため大学に泊まり込んでいると言っていた。
「世話になったけど、東京へ行くからお別れだ。じゃあね」
卒業式の日、花を持った裕が久しぶりに帰ってきて、そう言った。玄関で立ったままで、靴も脱ごうとしない。裕の後ろには着物に袴をはいた女性が立っている。
「私も学部を卒業したんです。東京の企業に就職が決まったので裕と一緒に行くのですが、途中で姓を変えたりするのは面倒なので、この春に結婚することにしました。今まで裕がお世話になりました」
女性が頭を下げる。
あなたに礼を言われる筋合いはない。そう怒鳴りたかった。でも、年も容姿も負けている私が怒鳴ると、自分が惨めになるだけ。私は返事もしないでドアを閉めた。
「私物はもうないと思うけど、あったら処分してもらってかまわない」
ドア越しにそう言って、裕は立ち去ってしまった。
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