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寂しい。一人になった部屋は、本当に寂しかった。
一人でとる食事は砂のように味がなかった。
父に捨てられ、母に先立たれ、恋人にも捨てられた。もう、生きている意味を探せないでいた。
私は海に行こうと思い、ローカル電車に乗った。春休みも終わり、海へ向かう電車は閑散としている。
駅を降りて海に向かう。道沿いの店の殆どはシャッターを閉めていた。唯一開いていたコンビニへ入る。
好きだったチョコレートを買って最後に食べようと思った。
暗い顔をした三十歳ぐらいの男性が、私の好きなチョコレートを買っていた。私も同じものをレジに持っていく。
男性は無言でコンビニを出ていった。
海までの道を歩く男性が見える。私との距離は十メートルぐらい。その距離を保ったまま私も後ろを歩いて行く。
海まで着いた。空は青く、さざ波の音だけがあたりに響いていた。
人気のない砂浜に降りていく男性に続き、堤防の細い階段を降りる。
砂場の端の岩場になったところまで行き、男性は靴を脱いだ。
「ちょっと待ってください。何をするつもりですか?」
「放っておいてくれ。務めていた会社の業績が悪化しリストラされた。そして、妻が俺を捨てて家を出ていった。もう俺には何も残っていない」
「私も同じです。同棲相手に捨てられました。父は愛人の所に行ってしまい、母はそれを苦にして自殺。私にも何も残っていない」
「そ、それは…… 俺には両親がいる」
男性の思い詰めた目が、遠くを見つめる目に変わった。
「私には、勤め先がある」
今は貯金はないけれど、借金もない。慎ましやかに生きていけば生活に困ることはないはず。
「とりあえず、私の家に来ませんか?」
馬鹿なことを言っているとは思う。
だけど、死ぬよりは馬鹿ではない。他人事だからわかる。捨てられて死ぬのは悔しい。それならば私も一緒だと思った。
幸せになったと言ってやりたい。別れて良かったと。
「そうだな。俺には健康な体もある。親は悲しませたくないな」
男性はそう言って靴を履き始めた。
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