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まさかユキが結婚していたことがあったなんて、と僕はビックリした。でも、僕はユキが結婚していたことに驚きはしたが、ユキの過去に関しては意外にも驚き以上の感情は抱かなかった。
いや、過去のことなんてどうでも良い。僕はユキの話を聞きながら自分はさっきまで何をしていたのだろうかと思った。僕はシロクマの子供の話を聞いて、ユキと自分は違うからと会うのが怖くなっていた。でも、ユキには僕よりもさらに複雑な過去があったんだ。ユキはそんな話しにくいことを正直に言ってくれたというのに……。僕はさっきまでの自分が恥ずかしくなった。
「イヤじゃないよ」
僕はユキの方を真っすぐ見ながら言った。
「本当ですか? じゃあ、またこれからも会ってくれますか?」
「うん」
「よかった! 本当はさっきまですごく緊張してたんです。私、緊張したり焦ったりすると、ますますおしゃべりになっちゃうんですよ。ホクトさんと初めてあのお店に行った時、緊張してたからすごくしゃべってたでしょ? あと、シロクマの話をする前も『とにかく話題を変えなきゃ!』って焦ってて……。だから、いきなりシロクマの子供の話なんてしちゃったんです」
「だから、シロクマの話なんてしたの?」
「そうなんです。……ああ、何か緊張が解けたら眠くなっちゃった」
ユキは小さなあくびをした。
「えっ?」
「大丈夫、寝ませんよ」
ユキは寝ませんと言ったが、少し経つと机にうつぶせて小さな寝息を立て始めた。男と二人きりの部屋で寝るとは、と僕は少し呆気に取られた。でも、そこまで僕のことを「優しい人」だと思っているのだろうか。
僕はカバンからさっき買った文庫本を取りだして読み始めた。文庫本を読みながら、ユキが目を覚ましたら今度は自分のことを話そうと思った。どうしてバンドの練習を金曜日にしてユキに会わないようにしたのか、どうしてシロクマの子供の話をした時に上の空になったのか、全部話そう。きっとユキなら、さっきの僕みたいに過去のことなんてどうでも良いと思ってくれるはずだ。
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