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鏡を見ていたら、自分の顔にもう一つ顔がぼやけて映っている。自分に似た男の顔だ。悲しみの涙を浮かべた男の唇が動き、こう嘆く。
「お前は何も言うな、何も主張するな、何も表現するな。お前の主張など誰も聞かない。お前の物語など誰も読まない。お前の書くものは何も価値がない。お前は生きている価値がない」
俺は怖くなったので、鏡から離れた。しかし俺に似た亡霊は、ずっと後をついてくる。職場のトイレの鏡にも、公園の噴水にも、ファーストフードの窓越しにも、嘆きの亡霊はあらわれる。
俺はネットで小説を公開するのが趣味だったのだが、亡霊の恐ろしさに震え、書くのをやめた。これで平穏な生活が戻るはずだった。
すると、今度は別の亡霊が怒りの表情で俺の鏡にあらわれた。怒りの亡霊はこう言う。
「お前は何も生み出せない!そうやって何者にもなれずに死んでいくのだ!人が作ったものを指をくわえてながめ、時折思い出したように批判してみるだけ!お前の批評など何の価値もない!早く死ね!」
俺は怖くなったので、鏡を見ないようにした。しかし、怒りの亡霊も俺についてまわる。親子連れがあふれるスーパーでも、恋人たちが行きかう交差点でも、友情が育まれるイベント会場でも、怒りの亡霊は昼間から俺をにらみつけてくる。
俺は、せっかく涙の亡霊から逃れたのにも関わらず、怒りの亡霊につきまとわれる己の人生にうんざりしていた。このまま死んでしまうべきか。そんなことも考えた。
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