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その山奥の村には一際大きな山桜の木があった。
その一帯はかなり昔には山桜が多数ある桜の園だったそうだ。
しかし今はその大きな1本を除いて他の木は全て伐られていた。
「昔はね、そりゃあきれいな桜の園で花の盛りには遠くから見物に来る人も大勢いたんですよ」
「そんなにきれいだった桜の園がどうして1本だけになっちゃったんですか?」
「それはね……あの木が祟るからなんですよ」
とある遅い春の日仕事でたまたまその村に行った僕は
1軒だけある民宿に泊まり食事後に女将さんと四方山話をしていた。
「祟るからあの木だけが伐れなかったってことですか?」
「いえ、あの木が祟るから周りの木が伐られてしまったのよ」
僕にはわけがわからなかったけれど女将さんの話ではこういうことだった。
昔あの山桜の枝を折ってしまった子供がいたそうだ。
山桜は怒ってその子供に祟って腕を折ってしまったらしい。
それに怒った父親が報復とばかりに他の山桜を根元から伐り倒した。
すると今度はその父親が祟られて山で遭難して亡くなった。
その後何度も同じような事が起きた。
そして桜の園の木もどんどん伐られてしまい辺りは荒れてしまった。
怪我をしたリ亡くなったりする村人が続いて村は次第にさびれていった。
忌まわしい祟りの噂に村を離れる人も少なくなかったと言う。
「それでとうとう今ではあの木だけになってしまったのよ」
「……祟る木とわかっていて報復するというのもすごいですね」
「もちろんそうですけど祟りを信じていない人もいたし……
やっぱり家族がひどい目に遭わされたら怒りのあまりに
祟られるとわかっていても仕返しをしたい人もいたんでしょうねぇ」
仕返しをした人の気持ちもわからないではなかったけれど
もし自分がその立場だったらどうするだろうと僕は考えた。
祟られるとわかっていて仕返しはできないだろうなと思った。
翌日祟りの桜の近くまで行った僕はその木をじっと見た。
まわりはすっかり草ぼうぼうの荒れ果てた野となっていて
立派な山桜の大木は満開の花盛りにも関わらず寂し気で荒涼としていた。
なまじ祟るという力を持ってしまった山桜はこの先もここで咲き続けるのだろう。
一緒に咲き誇る仲間も褒めたたえる人間もいなくなったこの荒れた地で
たった一人でずっと……
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