第一章 罠

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 どうだ具合は、と問われても、ルキアノスは、何ともない、と答えるより他なかった。  特に体に異常は感じられない。性欲が高まってくるような気配もない。 「強いて言えば、少し脈が速くなったような気がする」  そういう彼の頬は少し赤みがかって、ろれつが回らなくなってきている。澄んだ空のような青い瞳は、ぼんやり潤んできている。 「どれ、脈を測ってやろう」  ギルは、ルキアノスの手を取った。手首に指を当て、拍を探ってみる。しかし、力強く打つ脈をとるために手を取ったのではない。ギルは、その手をそのまま持ち上げてみた。  されるがままに、力の抜けた腕。  その指先に、そっと唇を当てた。  かすかに音をたて、吸う。  ゆっくりと、上目づかいで自分を見つめてくる金色の眼に、ルキアノスは息を呑んだ。  指先にキスを落とされ、うろたえようとした、が、心が思うように働かない。  手を振り払い、何をする、と狼狽しようとする気持ちは心の奥の部分で小さく悲鳴を上げるだけで、表面に出てこない。  魅了。    ギルのまなざしに、震えがきた。指先に押し当てられた柔らかな唇に、意識が痺れた。  こり、と指を噛まれた。初めは緩く、そしてやや強く。 「うっ……」  ぴりっ、と背筋に鋭い感覚が走った。 「どうだ?」  ギルの声も、遠くに聞こえるだけだ。何か変だ、と訴えたかったが、意味を成す言葉が出てこない。 「具合が悪そうだな。寝室へ行こう」  ギルが肩を貸し、椅子から引き上げてくれたところでようやく安心した。  あぁ、彼はやはり信頼のおける男だった。この妙な心と体が鎮まるまで、介抱してくれるに違いない。  よたよたと、足元のおぼつかないルキアノスが預けてくる体を抱きとめながら、ギルはほくそ笑んでいた。まさか、こんなに巧く事が運ぶとは。  さあ、ルキアノス。見せてもらうぞ、お前の本性を。誰にも見せたことのない、聖人の醜態を。
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