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「ギャー!」
僕の自発的な行動に驚いたのか、あいつらの悲鳴が聞こえる。すぐに悲鳴は遠ざかり、僕の意識も遠くへ行きそうになった。膝の痛さで正気に戻る。少し深めの擦り傷、他に外傷は無い。井戸の底に溜まった葉っぱのクッションと、井戸の深さが三メートルと言う好条件故に、この程度のダメージで済んだ。
浅い井戸でも底は底。日の落ちる前の紅葉は綺麗だが、真っ暗な中、井戸の底にいるのは怖い。泣きそうになりながら壁をよじ登るが、無理だった。何度も何度もよじ登ったが傷が増えるだけで登れない。
ふいに上から顔が覗く。河童、ではない。頭頂部を剃ったザンバラ髪の落ち武者。深緑色の籠手を伸ばしてきた。どこか父の面影を感じる武者の顔。不思議と恐怖は感じず、その手を握る。熱い思いを感じつつ、引かれるがまま、井戸の壁をよじ登った。辺りを見回したが、もう誰もいなかった。
その日以来僕は変わった、祖父母とは挨拶し、楽しく話した。学校でもそれなりの人づき合いができて、いじめっ子と言う存在も消えた。
その後、井戸は完全に取り壊された。大人になった僕は今、そこに『武者の井戸跡』と、石碑を建てた。
-完-
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